大きな台風は過ぎたけれど、今日は、また雨。
少し肌寒いなぁと思っていると、ふと沖縄へ出かけた時のことを思い出した。
数年前のことだから、詳しく記憶になるわけではないのだけれど、沖縄へは数えるほどしか出かけていないのに、外国人のパートナーと一緒だと、通訳や何かとアレンジすることが多くて、あまり楽しんだという印象が少なかった。
それはそれで、家族としての時間を過ごしていたのだから苦情を言っているわけではない。

 その時、知念漁港があるというので出かけてみたのだけれど、その近くで、泳げないパートナーを叔父に任せ、ひとりで海の方へ向かった。
地図に、神山の殿というのが掲載されていたから、何だろうと思って見に行ってみた。
当時は、リサーチ不足で、あまり知識もなく、御嶽や殿についてもよくわからなかった。
神様のいるところではなくて、降りて来られるところが御嶽であると知ったのは、最近のこと。
それで、あまり長居もせずに、ちょっと海水に触れたくて、浜の方へと歩いて行った。
極度の方向音痴なので、ちょっと迷いながら何とか砂浜にたどり着くと、さっきの港にいたような感じのおじいさんが、声を掛けてくれた。

「こんなところに来るのは珍しいね。観光で来たの?」

 沖縄の方言が混じっていて、ところどころわからないのだけれど、言葉の通じない国で生きて来た経験が生かされたのか?わからない部分は勝手に補完しながら会話をしていた。
小さいけれど、海へたどる時のアーチ型の草木をくぐる景色、その先に見えた岩が印象的な浜だった。


「ここは、知念浜というのですか?」

「いやいや、ユンタ浜というのだよ」
「そうなんですね。ユンタ浜のユンタって、どういう意味ですか?」
「歌のことだよ」(これについては後で調べたら交互唱という意味らしかった)
「安里やユンタ!」
「良く知ってるね」

「はい、でもそれと19の春とハイサイおじさんくらいしか知りません」


 私がそう言うと、おじいさんは笑っていた。

「こういう岩にも名前があるのですか?」
「あるのとないのと、いや、もしかしたらあるけど知らないのもあるかもしれないな」
「なるほど。この先に久高島があるし、何となく岩にも名前があるのかな?って思ったんです」
「ほぉ、それなら、ここの浜の話があるんだけど聞きたいか?」
「それって、伝説みたいなことですか?」
「まぁ、そうかもしれないけど、誰ももう知らないかもしれないな」

 こうして、ありがたいことに、私はおじいさんから、その浜に残るらしい伝説を伺うことができた。
けれど情けないことに、言葉がすべてわかったわけではないのと、記憶が部分的に抜けているのも補完したので、大筋でこんな感じというものを基にしてお話を書いてみた。
そういう訳で、これは一応、口承伝承に基づくフィクションということにしておこうと思う。


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はじめに

 沖縄には、本土での「古事記」や「日本書紀」にあたる「琉球国開闢神話(りゅうきゅうこくかいびゃくしんわ)」があります。
そこには、琉球王国の始まりが、最初に書かれているそうです。
後に続く物語の為、その冒頭の部分を、少しだけ紹介させて頂きます。

昔々の大昔のことです。
天帝がアマミキヨという神さまに、「この下に神降りすべき霊地があるのだけれど、いまだに島となっておらず、とても残念だ。そなたが降りて土地をつくってくれるように」と命じたので、アマミキヨは、天帝から土石草木をもらって島を作ることになったのだそうです。

最初にアマミキヨが舞い降りたのが久高島と言われており、当初、琉球の歴代国王は、久高島に巡礼をしていました。
「ニライカナイ」という東方の海の彼方にある神々が住む理想郷について、お話をしますと、琉球神道においては、魂が帰り、また生まれてくる場所だといわれています。
アマミキヨもニライカナイから久高島へ降り立ったと言われていますから、今でもこの島は特別な島なのです。
太陽はこのニライカナイの海上から昇り、西の海に沈むと、海底や地底の他界を通って再び昇るのだと信じられています。

けれども、いつしか大きな祭事を行う際には、聖なる白砂を「神の島」といわれる久高島から特別に運び入れ、それを斎場御嶽に敷きつめるようになりました。
そうして、王は久高島へ巡礼するのではなく、斎場御嶽から遙拝をするように変わって行きました。
やがて、王が直接斎場御嶽から久高島からを遥拝するのではなく、今度は、国王の使いが遥拝を努めるようになって行ったのでした。
この物語は、それでもなお、今からでは、はるか昔のお話です。



ユンタ浜とカナサン岩(ジー)

 昔々、知念の具志堅近くに思武太(うみんた)という名の青年が住んでいました。
彼は、見目麗(みめうるわ)しい上、とてもまじめな性格で、勤めていた役場でも好感を持たれていました。
周囲の推薦を受けて、彼は、国王代理の大切な役目である久高島への遙拝(ようはい)を仰せつかわされることとなったのです。

 その日は斎場御嶽(せーふぁうたき)を目指して、夜中に家を出ました。
ニライカナイで生まれるアガイティダ(新しい朝陽)を浴びながら、御嶽に降臨する神、そして久高島の神々に祈りを捧げるためです。
海沿いを馬車で移動するうち、ほぼ南に向かって広がる名もなき小さな浜辺にたどり着きました。

 その時、月はまだ高いところにあり、美しく光り輝いていました。
浜辺には、沖縄をおつくりになったアマミキヨ(阿摩美久)という神様の落としたらしい、ひとつの岩がそびえたっており、その上に人影が見えていました。
もしかすると物の怪の類(もののけのたぐい)かも知れないと、初めは訝(いぶか)しんでいたのですが、近づくと白い衣をまとった女性だということが分かりました。

「うんじゅ(そなた)は、神女(かみんちゅ)か?」

 振り返ったその女性は、まだとても若く、長い黒髪を編んだ上に、美しい顔立ちをしていました。

「はい。私は近くに住まう者で、隣人の病が癒えるよう、久高島の神様にお願いし、お祈りをしておりました」
「そうか。うんじゅ、名を何という?」
「思玉(うみたま)、と申します」
「思玉……。私の名は思武太」

 斎場御嶽には、別の神女たちもやって来ることになっていましたが、思武太は、どうしても思玉を連れて行きたくなってしまったのです。
そこで、何とか思玉を誘って連れて行くことにしました。

「ここで一人きりで祈っているよりは、共に斎場御嶽で祈る方が、きっと神様によく届くはずだ」

 そもそも御嶽に入れるのは、少し前までは女子だけでした。
ですので、彼女を伴って行くことに不思議は、ありません。

  途中、馬車は、サバニの並んだ漁港の近くを通りました。
その坂道の辺りから二人は、唄いはじめました。
その頃、巷(ちまた)の一部では、八重山からやって来た人たちに倣って交互唱という歌い方が流行していました。
若い二人は、交互に別の詩を唄いはじめます。

アマミキヨ、アマミキヨ、
僕は出会ってしまった。
とても美しい娘に。
彼女と共に向かいます。
どうぞ、この恋が実りますように。

(アマミキヨ、アマミキヨ、
わんねーはいいちゃてぃねーん。
いっぺーちゅらさるいなぐんぐゎんかい。
ありとぅまじゅんんかやびーん。
どーでぃん、くぬくいぬ実やびーるぐとぅ。)

アマミキヨ、アマミキヨ、
アダンの繁る海岸で
あの人に出会った。
心のワクワクがとまらない。
今、彼と共に向かいます。

(アマミキヨ、アマミキヨ、
アダンぬふちゃーいる海岸っし
あぬっちゅんかいはいいちゃたん。
ちむぬちむどんどんがとぅまらん。
なま、ありとぅまじゅんんかやびーん。)


斎場御嶽に着いた時は、まさに朝日が昇ろうという時でした。
5人の 白い装束をまとった神人に思玉が加わり、思武太とで、厳(おごそ)かに、そして滔々(とうとう)と祈りを捧げました。
新しく、ニライカナイで生まれたばかりのティダの方角に、久高島はありました。
薄紫の空と海が、光と共に鮮やかさを増して、遂には青に変わっていきました。
その景色は、荘厳(そうごん)で王様の使いとしての祈りにふさわしい光景でした。
儀式は滞(とどこお)りなく済ませることができました。

穀物が豊かに実るように祈る日も、海で漁師が安全に大漁の恵みに与(さずか)ることを祈る日もありました。
その日以来、思玉は、いつも思武太と一緒に御嶽へ出掛けることになりました。
その度に二人で歌を歌いながら、楽しい時間を過ごしました。

そんなある日、思武太は、王様のお使いで久高島に出かけることになりました。
船に乗って出掛けても、半日あれば到着する距離です。
その日も朝から良いお天気でした。
出掛ける思武太を知念の船着き場まで、思玉は見送りに出かけました。
船が遠ざかると、急いであの小さな浜に出かけ、岩の上に登って無事を祈ります。
ところが、1時間もしないうちに風が出て来たかと思うと、風が雲を寄せ集め、海は荒れ模様になりました。
あっという間に、波が白い牙をむき出しにして、小舟なら簡単に飲み込まれるであろうほどの高い波が押し寄せてきました。

 神人の思玉は、岩の上から離れずに、斎場御嶽の方へと向かってアマミキヨに祈りました。

「お願いです。私の体を神様に捧げます。
なので、どうかあの人を無事に帰してください」

二人は、何の約束も交わしてはいませんでした。
けれど、いつの間にかお互いを愛するようになっていたのです。

その時、稲妻が走ると雷鳴がとどろきました。
雷は、あろうことか、ちょうど思玉の座っていた岩の上に落ちたのです。
岩は、いくつかに割れて散らばりましたが、元々、とても大きな岩です。
思玉は、上手くひとつの岩のかけらの上に乗って留(とど)まることができました。
けれど、荒れた波に、岩は何度も転がりそうになりました。
思玉は、岩にしがみつきながら、一生懸命祈り続けました。

それで神様は、思玉の一途な思いを聞き遂げたのでした。

思武太は、無事に王様の使いを果たし、翌日、知念の岬に帰ってきました。
ところが思玉は、迎えに来てはいませんでした。
誰に尋ねても、思玉の行き先を知る人は、ありませんでした。

その次の神事の日、思武太は 神人に、思玉のことを神様に尋ねてくれるよう頼みました。

すると、思玉が思武太の命を守るために、自分の命を神様に返したと言うのです。
こんなに悲しいことはありません。
声を上げて泣いていた思武太に 神女が言いました。

「けれど彼女は、特別な計らいで既に生まれ変わっていて、あなたのそばにいると神様が仰っています」

泣いていた思武太は、ハッとしました。
それから馬にも乗らず、必死で走って、最初に思玉と出会った浜へと急ぎました。
たどり着いた時には、既に日の傾く時間になっていました。
するとどうでしょう。
出会った日に、彼女が座っていた大岩は、いくつかの岩に分かれ、砕けてしまっていました。
けれど、そのひとつの岩の先に、キラキラと輝く影が、一瞬だけ見えた気がしました。
しかも、その岩だけがゆらゆらと、不安定に揺れて見えるのです。

「思玉ぁー!」

 大きな声で呼んでも返事はありませんでした。
それでも思武太は、何度も何度も、海に向かって思玉の名を呼び続けました。
やがて、日も暮れてしまいました。
思武太は、すっかり疲れて、その場に座り込んでしまいます。
力尽き、膝を抱えてうつむいた時、どこかで人の歌う声が聞こえた気がしました。
顔を上げて見まわしましたが、誰もいませんでした。
さっき明るいうちに光の影の見えた気がした岩の上に、月の光が当たっていました。
よく見てみると、1匹のウミガメが載っているような気がしました。
更にじっと見つめていると、今度は、その幻影が一瞬だけ白い衣をまとった人のように見えました。

「思玉……」


 そしてまた小さな歌声が聞こえてきます。
思武太は、もう疑いませんでした。
思玉は、亀になって思武太に会いに来たのに違いありません。
その時、ようやく思いついて、思武太は、歌を歌い始めました。
すると、岩の方から歌声が聞こえました。
思玉と、これまで何度も交わした交互唱です。

 思武太は愛しい思いに胸を締め付けられましたが、もう二度と一緒に御嶽へ出かけることは叶わないのだとわかりました。

 後に思武太は、按司(あじ)となり、国王に仕え続けましたが、時折、浜にやって来ては、ひとりで歌っていたそうです。

 その岩は、二人の愛しい思いを載せたカナサン岩(ジー)として、今も知念のユンタ浜の先にあって、時々揺らいでいるのだそうです。
                                 おしまい。



 

 

 





楽しんでいただけると幸いです。