今回はお料理ではなく

認知症・母との旅で思ったことを綴ります。

長文ですので興味のある方のみ

お付き合いくださいませ。




先日、1泊2日で母をつれて

日光にいってきました。




日ごろ、母と生活を共にしているのは
独身・姉です。
一方の私には家族がおり、母の住まいからは車で15分程度の距離に住んでいます。

母の既往症として
リウマチ、糖尿病予備軍、
腎臓や肝臓が弱っていることは言うまでもありません。

歩行も杖をついて、一歩一歩ゆっくりです。
母の認知症は徐々に進んでおり
1ループの会話を5~10秒後には繰り返す状態。
単なる物忘れの域を越えており
毎日毎日、日々のそれは
同居する姉にはかなりの負担だと思います。

今回は、そんな姉に少しでも時間を作ってもらいたい、と思っての企画でした。


母の性格を、ざっくりまとめると「自分本意」
↑悪口ではありません。
他人さまからも言われておりますし、
本人にも少々自覚はあります。

私たちに取りまして母の存在は、

もちろん幼少期はそんなものだと
それが母なのだと思うより他はありませんでした。
しかし大人になりますと
私たちにも知恵がつき、友人や他の家族との違いがリアルに感じられるようになり、
今で言う『毒親』カテゴリーに入りました。


ご本人、まだ存命中ですので
細かい事情は伏せておきますが、
私たち家族をご存知の方はピンとくるかもしれませんが、密かにご納得くださいね。

そんな母が、ことあるごとに話していたのは
『うちは貧乏だったから、学校行くのも大変だった』
『弟2人を学校に行かせてやらなくちゃいけないから、私は修学旅行を我慢したの』
『学年で私1人だけ行けなかった。みんなは行ったのに…』
『一生に一度でいいから日光に行ってみたい。東照宮を見てみたい…』


まあ、昔にはよくある話です。
でも大人になってから
いくらでも行けたと思います。
それでも行かなかったのは、
誰かに連れていってもらいたかったのでしょう。

そんな〈かまってちゃん〉な母の記憶能力が少しでもあるうちに、
さらに姉に暇をやるため
日光に連れて行ったわけです。

母の脚に負担が少ないように
家からタクシー→ロマンスカー→特急スペーシア→タクシーで宿へ。

何とも最高でお金のかかるプラン笑い泣き


この日は雨もよう雨


それでももう朝から予想通り。
機嫌良く出てくれたものの、
駅のホームに行くまでにゴネて
駅についたら電車が来るまでにゴネて、
乗り換えでゴネて。。。汗あせる

ここまでで、

認知症がどんなものかご存知ない方は、

いったい何に対してそんなにゴネるのか

わからないと思います。
さしずめ知的障がいを持ち合わせた幼稚園児。
気になったことは5~10秒おきに何十回でも聞き、
良かったこと、嫌になったこと、感情にふれたことは繰り返し言い続ける。
(知的障がいの方々は多岐にわたりますので、上記に当てはまらない方々が多いと思います。)
あくまでうちの母の場合ですので、その辺りは誤解の無いように。

平常時は、天真爛漫で明るいほうではありますが

元からの性格でもって、たまにヒステリックが発動します。
そんなときは手がつけられません。



宿の中ではもちろん徒歩での移動。
でもエレベーターもあります。
しかし〈かまってちゃん〉
お食事処への移動で
「足が痛い」と泣き出しました。えーん
宿のスタッフさんが車椅子を持ってきてくださり、母はご満悦。口笛




辛いのは嘘じゃないと思いますよ。
痛いのも、本人にしか解らないと思います。
これは私が長いこと病人だったから解ること。
そう思って接するようにしてます。



夜、寝るまでも時間がかかります。
脚の痛みや辛さを何十回も訴え、
その都度その都度、
「お薬飲んだからね、効くまでもう少しかかるかもね」と。
落ち着いて眠ったのは夜中の1時でした。

翌朝は6時ごろからモソモソと動き出しましたが、比較的落ち着いた様子。
私は朝風呂をいただいて、その後
朝御飯を8時にいただきました。

チェックアウトまでのお部屋で…
雨女だと自称する母雨
お天気になったことを珍しがっていました。
対する私は晴れ女。晴れ

お出かけの9割は天気に困りません。虹





「お天気良くなったね~、東照宮さまに行こうね~」

『え?もう帰ろうよ』
「何で~?せっかくだから行けるところまで行ってみようよ~」
『だって日光なんて○○のお友達(職場の人)と何回も来てるもん』

『もう何回も来てるから行かなくてもいい』



な…(?_?)なんですと!ムカムカ



あなたが散々ぱら
『あたし1人だけ行けなかった』とか
『死ぬまでに一度でいいから日光に…』とか言うから、記憶力があるうちに来たのに。。。

と思いましたが、もう言ってムダよね。

なにしろ若い頃から我が儘で
他人に良くしてもらうために小さな嘘を積み重ねてきた人。
そんな性格のせいで
善人は離れ、悪人だけが残る。
我が母ではあるものの、哀れに思います。
でも仕方ないわよね、そんな人でも母親なんだから。

有り難くも何ともなさそうなのも
ある意味〈想定内〉



何とか宥めすかして東照宮様の元へ。
境内はもちろん徒歩のため
あれやこれや言いますが

これも何とか休み休み移動して。






でもさすがに手すりの無い階段は無理。
『こんな病気になっちゃって、ほんとうんざり』
『真面目一筋で働いてきたのに、全く神も仏もあったもんじゃない』
『病気も治らないなんて、神様って何なのかしらホントに』

どれもこれも怒りと憎しみを込めた発言でした。


『うんざり』はごもっとも。本音よね。

『真面目一筋』も、そうなのでしょう。





長らくお待たせいたしました。

ここでようやく〈病〉とは?

です。



先天的なものであったり
不慮の事故であったり
不可抗力なものも多々あります。
ですので、あくまでうちの母の場合です。

ご存知、我が儘母は
我が子(私)が重度の喘息だとわかっていても
タバコを止めず、家でも外でもスパスパ。

ヘビースモーカーでした。
小柄な体格のわりによく食べます。
大食いではなく、ちょこちょことつまみ食いが多く、飲み物の飲み方もがぶ飲み。
これは【暴飲暴食】の類いです。

細かい身体の仕組みは説明しませんが、
これは長年蓄積された内臓疲労が原因です。




自分の体は自分の持ち物ですから

もちろん自己管理しないと誰も責任は取ってくれません。当たり前のことですけど。


母は病院に行けば何とかなる、と思うタイプ。
母の世代にはこういう人が多いと思いますが
良い医者に出会うことが命を繋げる
と、本気で思っています。


でも現実的には違います。
医者は適切な処置と処方はしてくれますが、
魔法使いではありません。

貴方の体を治すのは、

貴方自信です。



自分の体に向き合い、知ることと
これまでの生活習慣や性格を改める。


何しろ身体は魂をカバーしている肉体であり

言って見ればガンダムのようなもの。
操縦するのは自分自身だし
メンテナンスするのも自分自身。

使い方を間違えれば壊れるし
部品が無ければ何かで代用するしかない。

(だってガンダムの部品ってある?無いよね?普通は…)

だから、体の代わりは無いんですよ。

(義手・義足があるとかいう屁理屈は受け付けておりません)


上矢印ガンダムの例えがおかしいかもしれませんが
ある程度、大人になってからの病気は
本人がこれまで重ねてきた習慣の結末だと思うんですよ。

私は幸いにも40後半で気がつきました。
喜び過ぎると心臓に影響し
怒りは肝に
悲しみは肺に
恐れや驚きは腎に

考え思い過ぎは胃腸に


心と身体は繋がっており
絶妙なバランスで保たれています。

ですから、少しでもバランスを崩すと
立て直すのに時間がかかります。
なので日々の生活習慣・健康管理・メンタルケアはとても大切なのです。




母のように、やりたいように暮らし
父をはじめ家族にたくさん負担をかけて
(家族問題、かなりありました)
この上、神様仏様に悪態をついていては

それこそ神仏からは見放されます。


こちらから見てみれば、
姉が同居してくれているだけでも
感謝しないといけないところです。


しかしこれも、母が選んだ人生です。

母が選んだことの結末です。
姉と話したのですが、
母の家系は、非常に我が儘な女性が多く
〈家系を継いでいる〉
ということも一部はあるかも?です。
そんな母を持った私たちは
これを学びとし、
自らの徳を積む機会を与えてもらっている

そう解釈する他はないです。




ただね、自分たちでやりきれないこともあります。
抱えきれないこともたくさんあります。


公的機関を利用して、うまく認知症介護と付き合う。

でも、時には親を捨てることも否定はできないと思います。
衝撃の発言かもしれませんが、
どんな親であったのか

これは子どもにしかわかりません。

辛くとも面倒見たい親なのか?

それとも、ただ負担でしかないのか?


だから賛成ではないけれど、

否定はできない。。。


できれば、そうせずに全うしたいですけどね。


長々と申し訳ありません。

最後までお読みくださった方々に

感謝申し上げます。お願い

今後は、母を連れて公共交通機関は無理かも。
いよいよ車の運転を改めてマスターせないかんですな。


いつもお越しいただき
誠にありがとうございます(^人^)

またよろしくお願いします。


しゅうかつ慎 インプレッションストーン 


しゅうかつ慎 猫はうれしかったことしか覚えていない