~これまで~

2017年7月 入籍
2018年3月 挙式
2019年1月 セルフチェック→精子確認できず
2019年4月 フーナーテスト→精子確認できず
2019年4月 精液検査→精子確認できず
2019年5月 染色体検査→異常なし
2019年6月    ホルモン検査→異常なし
                       Y染色体微小欠失→異常なし
                       超音波検査→異常なし
2019年7月 精巣生検→??


精巣生検の手術後は、歩きにくくはあったし、消毒などのケアは必要だったが、何事もなく過ぎていった。

最初の1週間はテープを貼りっぱなしだったので、傷口がどんな感じかは確認できなかった。

1週間後にテープを剥がしてみると、
メスで切ったので、直線状の切開痕が縫合されてるイメージだったのだが、
痕が点状に残っているだけだった。
痕といっても、自然になくなる糸(抜糸が必要ない)を結んでとめたようになっているだけ。
意外だった。

痛みはというと、通常は何も痛みはない。
だが、圧がかかったり、にぎったりすると、玉に鈍痛がある、といった程度。
まあ、通常でも圧をかけられると鈍痛があるのだから、鈍痛を感じる強さが下がっている、という感じか。


***


そして、手術から2週間後。

結果を聞きに、まずは手術を実施した泌尿器科クリニックへ向かった。

院内はすいていて、シーンとした、静寂に包まれた雰囲気。


受付後、待合室で待つ。

すいているので、すぐに呼ばれる。

最初に診察してもらった部屋と同じ。
2週間前の手術室はその隣。


ガラガラガラ…


『こんにちはー。宜しくお願いしまーす。』



「…こんにちは。」





あぁ、ダメだったんだな。

すぐに分かってしまった。

だって、手術中でも冗談言うような割とフランクな医師の、このテンション。

そして、こちらの目を見ようとしない。

あぁ。

そうか。



医師の手には、精巣生検の結果が握られていた。







「精子、見つかりませんでした。」










やっぱり、そうか。



彼はこの結果を告げ、書面を渡すのみで、
このあと産婦人科クリニックへ行ってください、と言った。

この泌尿器科クリニックは、産婦人科クリニックからの紹介された患者の外科手術を行うだけ、なのだろう。

結果は端的にしか伝えない。いや、伝えられない。

治療方針やケアは、産婦人科クリニックの方の仕事なんだ。










絶望。





この時の気持ち。

これ以外に言い表す言葉が見つからない。

たかだか36年だけど、これまでの人生、そりゃ色々あった。


高校生活をかけた甲子園予選前の故障。

前期試験不合格。

就職活動での数々の落選。

愛する人との別れ。


そのどれもが、その時その時の自分にとっては、すごく苦しんだこと。


だけど、こうすれば良かった、ああすれば良かった、ここが足りなかった。


後悔ができた。



いま、何に後悔すればよい?


オレ、何かしましたか?


何かの罰なの?

罰なら罰でもいい。
それならばまだ納得できる。
だれか教えてくれ。






会計を済ませ、産婦人科クリニックに行かねばならない。

近くにいるはずの妻にラインをした。

終わったよー
いま行くー




すぐに車を運転して妻が来てくれた。


「ダメ、だったわ…」

と涙をこらえて伝える。



『そっか……。』




『産婦人科医の話を聞きに行こう!』

と言ってくれた。




気丈に振る舞ってくれてるのが、痛いほど分かる。
だって、いつもはすぐに泣く人だから。


ありがとう。本当にありがとう。


何かの罰を背負ったのかもしれないオレに、この人を付き合わせていいのか?


そう思った。




その後、妻と2人、産婦人科クリニックで医師の説明を聞いた。

えっと、左も同じように切ってみるか(精巣生検は右玉だけにメスを入れた)、
仙台のクリニックで診てもらうか、ですね。

以上。




へ?






だ 







もともとあまり良い印象ではなかったが、ここまでとは。

いやさ、結果のもう少し詳しい説明とかさ、
何だったら絶望の淵にいる人に対して精神的なフォローとかさ、

ないわけ?


左切ってもいい同じことになる気がしたし、
(まだ、MD-TESEなるものもあるようだし、)
この医師には信頼感や安心感が持てないし、

私達は、その場ですぐ、舞台を仙台に移して、戦いを続けることを決めた(紹介状あり)。





~振り返って~
結果を聞いた時のことは、一生忘れることはありません。相当な衝撃でした。
絶望感でいっぱいでしたが、妻に救われました。感謝です。
大事なところは夫婦2人で臨んだ方が良いかと。相方の支えなくして不妊治療はやっていけないと思います。
それにあの時、妻が運転してくれなかったら、自分で車を運転していたら、事故ってたかもしれません。

それにしても、医師はピンキリです。人によって、合う合わないもあると思いますが…。
分からないことは、聞くこと。それに尽きます。