クラレンス?エンディブもイースト?エッグからきていたように記憶している。やってきたのは一度だけで、白
のニッカボッカー姿で現れたかれは、庭でエティという時計 セイコー放蕩者と喧嘩をやらかした。ロング?アイランドのはず
れからやってきたのはシードル夫妻、O.R.P.シュレーダー夫妻、ジョージアのストーンウォール?ジャクソン?
エイブラム夫妻、フィッシュガード夫妻、リプリー?スネル夫妻。スネルは刑務所行きの3日前にもきて、さん
ざん飲んだあげく砂利敷きの私道に寝そべり、ミセス?ユリシーズ?スウェットの自動車に右手を轢かれた。ダ
ンシー夫妻もいたし、S.B.ホワイトベイトもいた。これは齢60をゆうに超える老人だ。モーリス A.フリンク、
ハンマーヘッド夫妻、煙草輸入商ベルガ、それからベルガの娘たち。
ウエスト?エッグからはポール夫妻、マーリーディー夫妻、セシル?ローバック、セシル?ショーエン、ガリック
上院議員。ニュートン?オーキッド、これはフィルム?パー?エクセレンスの経営者だ。エクホースト、クライド
?コーエン、ドン S.シュワルツ(息子のほうだ)、それからアーサー?マッカーティー。ここまでは何らかの形
で映画界にコネのある連中。続いてカトリップ夫妻、ベンバーグ夫妻、G.アール?マルドゥーン。後に細君を絞
め殺したマルドゥーンの兄弟にあたる。映画界のパトロンであるダ?フォンタノもきていたし、エド?レグロス
にジェイムズ B.(“安酒”)フェレット、ド?ジョング夫妻、アーネスト?リリーもいた――かれらはギャンブ
ルをやりにきていて、フェレットがぶらりと庭に出てきたときはつまりかれがすってんてんになったというこ
とであり、それと同時に、翌日のアソシエイテッド?トラクション株は上向きになると見て間違いなかった。
クリップスプリンガーという名の男はしょっちゅうギャツビー邸にきて、しかも長々といつづけるものだから
、「下宿人」として知られていた――かれには他に帰るところがなかったのではないかと思う。演劇人として
は、ガス?ウェイズ、ホレイス?オドネイバン、レスター?ミアー、ジョージ?ダックウィード、フランシス?ブル
。またニューヨークからはクロム夫妻、バックヒッソン夫妻、デニッカー夫妻、それからラッセル?ベティーに
コリッガン夫妻、ケルハー夫妻、デウォー夫妻、スカリー夫妻、S. W.ベルチャー、スマーク夫妻、すでに離婚
済みだが、若き日のクイン夫妻。それからヘンリー L.パルメトー、後にタイムズ?スクウェアで地下鉄の正面
に飛び出し、自殺。
ベニー?マクレナハンはいつも4人の娘を連れてきた。顔ぶれはいつも違っていたはずなのに、ひとりひとりが
似通っていたもので、これは以前もきていた娘だと思えてならなかった。名前はもう覚えていない――ジャク
リーンとかコンスエラとかグローリアとかジュディとかジューンとか、そういう名前だ。ラストネームは花と
か月とかの響きのよいものでもあったように思うし、あるいはアメリカを代表する富豪と同じいかめしいもの
だったようにも思う。突っ込んで聞いてみれば、従弟にあたるという自白が得られたかもしれない。
加えて、たしかフォースティナ?オブライエンもすくなくとも一度は顔を見せたし、ベデッカー家の娘たちもい
た。それからブリュワー青年、これは大戦で鼻を吹き飛ばされた男だ。ミスター?アルバックバーガーとその婚
約者ミス?ハーグ。アーディタ?フィッツビーターズ。ミスター P.ジュウェット、かつての在米軍人会会長。ミ
ス?クローディア?ヒップは自分のお抱え運転手という噂の男を連れていた。それからなんとかの王子。ぼくら
はかれのことを公爵と呼んでいたけど、名前のほうは聞いたことがあるにしても忘れてしまった。
こういった人々が、あの夏のギャツビー邸にこぞって押しかけてきたのだ。
**********
7月下旬のある朝、9時にギャツビーの豪華な車が我が家の砂利だらけの私道に入ってきて、3和音のクラクショ
ンを派手に鳴らした。ぼくは2回かれのパーティーに行き、モーターボートにも乗り、しきりの要望を受け、ビ
ーチを頻繁に使わせてもらっていたけれど、かれのほうから訪ねてきたのはこれがはじめてだった。
「おはようございます、親友。今日は御一緒に昼食でも如何ですか。車で御一緒にと思いまして」
かれは車のダッシュボードに手をついてバランスをとりながら、アメリカ人に特有なあのひっきりなしの身振
りをしめした――これは、ぼくが思うに、若いころに力仕事をやらなかったせいであり、さらには、ぼくらが
秘める神経質で発作的な勝負心が不定形の優美さをともなって現れたものでもあるのではないか。この特質は
、かれの堅苦しい仕草のそこかしこに、落ち着きのなさという形で絶えず飛び出してきた。かれはひとときも
じっとしていなかった。足元をとんとんと踏み鳴らしたり、じれったそうに手のひらを閉じたり開いたり。
ぼくが車に見とれているのにかれは気づいた。
「きれいでしょう、親友?」車がぼくによく見えるようひょいと飛びのく。「以前、お目にかけたことはあり
ませんでしたか?」
見たことはあった。だれだって見ていた。優雅なクリーム色、ニッケルがきらりと輝き、そのおそろしく長大
な車内のあちこちには帽子箱や弁当箱や道具箱が積みこまれており、太陽を1ダースも映しこんでいる段々状の
複雑な風除けが備わっている。幾層も重なるガラスを前とする一種の温室の緑の革椅子に腰を下ろしたぼくら
は、街へと出発した。
かれと対話の場をもったのはここまでで6回ほどだろうか、がっかりしたことにギャツビーは口数の少ない人物
だった。だからぼくの第一印象、これはなにかひどく重要な人物に違いないと思ったところがだんだん薄れ、
隣の豪華なロードハウスの単なる所有者に過ぎないと思えてきていた。
そこにきたのがこの謎めいたドライブだ。やがてぼくらがウエスト?エッグ?ビレッジへの道をなかばまでも行
かないうちに、ギャツビーの優雅な口ぶりはまとまりのないものになり、心を決めかねるといった雰囲気でキ
ャラメル色のスーツの膝を叩きはじめた。
「ところでですね、親友」と、不意に口を開く。「私のことを、どうお考えですか?」
これにはちょっと参った。そこでぼくは、この手の質問の答えにふさわしい非具体的な一般論を述べはじめた
。
「いえね、私は私の過去についてすこしお話しようと思っております」とさえぎられた。「いろいろお聞き及
びと思いますが、そのような噂話から私を間違って理解して頂きたくないということなのですよ」
ということは、かれの大広間に興を添えたかれに対する奇抜な告発に、かれも気づいていたわけだ。
「神に誓って本当のことをお話しますよ」かれは宣誓の作法にのっとり、とつぜん右手をあげた。「私は中西
部の資産家の息子です――いまはみな亡くなってしまいましたが。アメリカで幼少期を過ごしましたが、オッ
クスフォードで教育を受けました。私の先祖はもう何世代もみなあそこで教育を受けているものですから。そ
れが我が一族の伝統なのです」
かれはぼくを盗み見た――そのときぼくは、ジョーダン?ベイカーがかれの言葉を嘘と思いこんだ理由がよく分
かった。かれは「オックスフォードで教育を受け」というフレーズを急ぎ足で、というか、飲みこむようにと
いうか、喉にひっかかったように話すのだ。嫌な思い出を話しているみたいだった。いったんこのように疑っ
てしまうと、かれの言葉すべてがばらばらに崩れ落ち、つまりは、そこに伏せられている裏みたいなものがな
かったかと思いをめぐらす自分がいた。
「中西部はどちらで?」と、ぼくはさりげなく尋ねた。
「サン?フランシスコ」
「なるほど」
「一族は全員亡くなりましてね、私は相当の財産を相続することになりました」
かれの声は厳粛そのもので、一族を襲った悲劇がいまだかれを苦しめているような口ぶりだった。一瞬、ぼく
はかつがれようとしているのではないかと思ったものの、横目でかれを見てみると、どうもそのようには思え
ない。
「それから私は若いラジャのような暮らしをヨーロッパの各都市で送りました――パリ、ベニス、ローマ――
宝石、主にルビーを集め、猛獣を狩り、人に見せるようなものではありませんが、絵を描いてみたりもしまし
た。そうやって、遠い昔のとても悲しい出来事を忘れようとしてきたのです」
ぼくは不信の笑いを必死の思いでなんとかこらえた。一語一句がどろどろに手垢まみれで、そこから思い起こ
されるのは、せいぜい、ターバンを巻いた「キャラクター」がブーローニュの森で虎を追いまわしながら、こ
とあるごとに馬脚をあらわすといったイメージくらいのものだった。
「そこにあの戦争が起こったのですよ、親友。私は大変に安堵し、早速死に場所を求めて回りましたが、どう
やら私の命には魔法がかかっていたらしい。戦争当初、私は中尉に任官されました。アルゴンヌの森で私は、
突出してしまった機関銃部隊の指揮を任せられました。どちら側にも半マイルに渡って敵が押し寄せていて、
歩兵部隊による救出ができなかったのです。私の部隊はそこで2日2晩奮闘しました。130名の兵士と16丁のルイ
ス銃。ようやく歩兵部隊がたどりついたときは、山と折り重なった死体がつけていたドイツ軍記章は3師団にも
及んでいました。私は少佐に昇進し、連合国は争って勲章をくれました――モンテネグロさえも、アドリア海
のちっぽけなモンテネグロも!」
ちっぽけなモンテネグロ! かれは宙に浮かべられたその言葉に向かってうなずいてみせた――例のようにほ
ほえみながら。そのほほえみにはモンテネグロの多難な歴史への理解があり、モンテネグロの人々による奮闘
への同情があった。そしてモンテネグロの温かい心づくしから与えられた記念品を引き出した国際情勢の連鎖
への感謝にあふれていた。そのあまりの魅力にぼくの不信はなりをひそめた。十数冊もの雑誌をあわただしく
拾い読みしているような感じだった。
かれはポケットに手を入れてリボンをつまみだした。その先にぶらさがっていた金属片を、ぼくの手のひらに
載せる。
「それはモンテネグロからのものです」
驚いたことに、見たところそれは本物のようだった。'Orederi di Danilo' と縁に沿って円く刻まれてい
る。'Montenegro, Nicolas Rex'.
「めくってごらんなさい」
「ジェイ?ギャツビー少佐」とぼくは読み上げた。「その比類なき武勇に」
「もうひとつ、これも常に持ち歩いております。オックスフォード時代の思い出の品ですよ。学寮の中庭で撮
ったものでしてね――私の左手に写っているのが、いまのドンカスター伯爵です」
それは1葉の写真で、6人の若者がアーチ道にたむろしていた。歩道の向こうには尖塔が見える。ギャツビーも
いた。いまより大幅にとはいえないまでも若干若い――手にはクリケットのバットを握っている。
ではすべては本当のことだったのか。ぼくはグランド?キャナルに建てられたかれの宮殿に赤々とした虎の革が
敷かれているのを見た。そしてかれがルビーの小箱を開け、そこに深々とたたえられた深紅の光をもって、打
ちひしがれた心を癒さんとするところを見た。
「私は今日、あなたに大切なお願いをするつもりです」かれは思い出の品々を満足顔でポケットにしまいなが
ら言った。「ですから、私のことを多少とも知っておいて頂くべきだと思いました。どこぞの馬の骨などとは
思って頂きたくなかったのです。お分かりでしょうが、常日頃から私の周囲にいるのは他人ばかりです。私は3
年もの間私の身に起きた悲しい出来事を忘れるため、あちこち漂泊していたものですから」そこでかれは一瞬
ためらった。「それについては今日の午後お聞きになることと思いますが」
「ランチの席で?」
「いえ、午後です。あなたがミス?ベイカーをお茶に招かれたことを偶然耳にしまして」
「つまり、あなたがミス?ベイカーの恋人なのだと?」
「いいえ、親友、違います。ですが、ミス?ベイカーがこの問題をあなたにお話しして下さるのをご親切にも承
知して下さいましたから」
ぼくには「この問題」がどういう問題なのかさっぱり分からなかったが、だからといって興味を引かれたとい
うわけではなく、むしろ苛立ちが先行した。ぼくはミスター?ジェイ?ギャツビーを論じあうためにジョーダン
をお茶に呼んだのではない。ぼくはそのお願いとやらがなにか突拍子もないことにちがいないと確信し、しば
らく、かれの人口過多な芝生に足を踏みいれてしまったことを悔いた。
かれはもう口をきこうとはしなかった。町に近づくに連れ、どんどん謹直になっていった。ポート?ルーズベル
トを通りすぎる。赤帯の外洋船が見えた。がたがた道をスピードをあげながら疾走する。道沿いには、1900年
代の残影というべき薄暗い酒場が、見捨てられもせずに軒を並べていた。それから、灰の谷がぼくらの両側面
に開けてきた。ぼくらが走るわきに、息を切らして威勢良くガソリン?ポンプを操るミセス?ウィルソンの姿が
垣間見えた。
フェンダーを翼のように広げた車は光を撒き散らしつつアストリアに至るなかばまで走った――なかばだ、と
いうのもぼくらが高架柱を縫うように進むうちに、耳に馴染んだ「ドッ、ドッ、ブオン!」がぼくの耳に飛び
こんできたから。1人の警官がぼくらに添うようにバイクを走らせていた。
「分かりましたよ、親友」とギャツビーは呼びかけた。減速する。財布からとりだした白いカードを、警官の
目の前でひらひらと振ってみせた。
「結構です」と警官は言い、帽子に手をあてた。「次回はお見それしません、ミスター?ギャツビー。失礼しま
した!」
「なんです、それ?」とぼくは尋ねた。「さっきのオックスフォードの写真?」
「以前に行政官の力になることが出来ましてね。毎年クリスマス?カードを頂くのです」
大橋の向こうから、梁を通して、過ぎ行く車を続けざまにきらめかせる陽の光。河の向こう岸にそそり立つの
は、角砂糖のような白亜の山。どれもみな無邪気な金銭が願いをこめた建物だ。クイーンズボロー橋から眺め
る街はいつだってはじめて見る街のように新鮮だった。そこには、全世界の奇人や麗人たちがはじめに抱いた
無謀な期待がたちこめていたから。
華を盛大に手向けられた霊柩車に乗って、死者がぼくらのそばを通りすぎた。2台のブラインドを引いた車がそ
れを追い、そこに故人の友人たちを乗せた、前のと比較すれば陽気な車が続く。かれらは悲しみをたたえた目
でぼくらを見ていた。鼻と唇の間の短さからして東南ヨーロッパ系らしい。ぼくはかれらのために喜んだ。気
が滅入るような休日にギャツビーの豪華な車を目にできたのだから。ブラックウェルズ?アイランド通過中には
1台のリムジンがぼくらを追いこしていった。白人の運転手と、流行かぶれの黒人が男2人に娘1人の合計3人乗
っていた。かれらがライバル意識むきだしでぎょろりとにらみつけてくるのを見て、ぼくは大声で笑いだした
。
「この橋を渡りきったいま、なにが起こっても変じゃない」とぼくは思った。「まったくどんなことが起こっ
たって……」
ギャツビーほどの男が出てきてもなお、そこにはなんの不思議もなかった。
**********
喧騒渦巻く正午。あちこちで扇風機を回している42番街の地下店舗でぼくは昼食をともにするためギャツビー
と会った。表通りの眩さを目をしばたかせて追い出すと、控え室にいるギャツビーの姿がおぼろに浮かびあが
った。誰かと話をしている。
「ミスター?キャラウェイ。こちらは私の友人で、ミスター?ウルフシェイム」
小柄な、鼻のひしゃげたユダヤ人が大きな頭をもたげて、両の鼻腔を派手に飾る鼻毛の束をぼくに向けた。そ
の後で、薄暗がりの中に小さな瞳を発見した。
「――そこでわしはあいつをひとにらみしてだな」とミスター?ウルフシェイムは、ぼくの手を握りつつ、言っ
た。「なんと言ってやったと思う?」
「え?」ぼくは礼儀正しく訊ねた。
が、明らかにかれはぼくを相手に話しているのではなかった。ぼくの手を離すとすぐにその特色ある鼻をギャ
ツビーにつきつけたから。
「あの銭をカッツポーに握らせて、言ってやったのさ。『おうよ、カッツポー、やつが口を閉じるまで1ペニー
たりとも払ってやるな』ってな。するとやつはその場で口を閉じやがったよ」
ギャツビーはぼくらを両脇に抱えるようにしてレストランの中に移動した。するとミスター?ウルフシェイムは
言い出しかけた言葉を飲みこみ、びっくりしたようすで、放心状態にある夢遊病患者みたいにふらふらと中に
入った。
「ハイボール(ウイスキーのソーダ割り)?」とヘッドウェイターが聞く。
「結構なレストランだな」とミスター?ウルフシェイムは言った。天井に描かれた長老主義教会の乙女たちを見
上げながら。「ま、わしは向かいの店のほうが好きだがね!」
「そう、ハイボールを」とギャツビーがうなずく。それからミスター?ウルフシェイムに向かって「向かいは暑
すぎますから」
「暑いし狭い――そのとおり」とミスター?ウルフシェイムが言った。「だが思い出でいっぱいだ」
「どこのことです?」とぼくは尋ねた。
「あの古ぼけたメトロポールですよ」
「あの古ぼけたメトロポール」ミスター?ウルフシェイムは沈んだようすで言った。「死んでいなくなった連中
の顔がぎっしり詰まってる。いまはもう時計 人気二度と帰らない友だちがぎっしり詰まってる。あの日、ロージー?ロー
ゼンタールが撃たれた夜のことは死ぬまで忘れられそうにない。わしらのテーブルには6人いてな、ロージーは
一晩中飲み食いしてやがった。朝まであとすこしって時分だったな、妙な顔をしたウェイターがロージーのと
ころにやってきて外で待ってるひとがいるなんて言った。『わかった』ってロージーは言ってな、立ちあがろ
うとしたもんだからわしはあいつをひっぱって椅子に座らせた。
「『ほっとけ、あのチンピラどもが本当におまえに会いたいんなら中まで入ってくるだろ。だがな、いいか、
絶対にこの部屋から外に出るんじゃない』
「時刻は朝の4時だったな。ブラインドを開けてみたら夜明けの光が射しこんできたよ」
「かれは出たんですか?」ぼくは無邪気にもそう聞いた。
「ああ、そうとも」ミスター?ウルフシェイムの鼻がぼくに向けられ憤然と膨らんだ。「あいつは戸口のところ
で振りかえって言った。『あのウェイターにおれのコーヒーを片付けさせるなよ!』それから歩道に出ていっ
たところで連中はやつのどてっぱらに3発ぶちこんで車で逃げていきやがったんだ」
「4人は電気椅子行きでしたね」とぼくは思い出して言った。
「5人だ、ベッカーをいれて」かれはぼくに気をひかれたように鼻を向けてきた。「あんた、ビジネスのゴネグ
ションを探してるんだったな」
そのふたつの発言はあまりにも脈絡がなかった。あっけにとられたぼくに代わってギャツビーが答える。
「いや違う、それはこの人じゃない」
「そうなのか?」ミスター?ウルフシェイムはがっかりしたようすだ。
「こちらはただの友達ですよ。その件はまた別の機会に話し合うことにしておいたじゃありませんか」
「失礼」とミスター?ウルフシェイム。「人違いをした」
肉汁滴る細切れ料理が運ばれてきた。ミスター?ウルフシェイムは古ぼけたメトロポールを想う感傷的な雰囲気
はどこへやら、とんでもなく無作法にぱくつきはじめた。口を動かしながら、ゆっくりと部屋を360度眺めわた
す――その動きを、体をひねって真後ろの人々を見やることで終える。たぶん、ぼくさえいなければ、ぼくら
のテーブルの下も一目見ておこうとしたのではなかろうか。
「ところでですね、親友」とギャツビーがぼくのほうに身を乗り出しつつ言った。「今朝のドライブ中、私は
多少あなたを怒らせてしまったのではないでしょうか」
そこには例によってあの微笑が浮かんでいたけれども、今度ばかりはぼくもその魅力にひきこまれなかった。
「秘密めいたやりくちは好きじゃないですからね。それに、どうして直接頼みごとをおっしゃってくれないの
か、理解に苦しみます。どうしてなにもかもをミス?ベイカー経由でやろうとするんです?」
「ああ、別に疚しいことがある訳ではないのです」とぼくを安心させようとする。「ミス?ベイカーは立派なス
ポーツ選手です。ですから、胸を張って言えないようなことをあの人がなさる筈はありません」
ふとギャツビーは自分の懐中時計を確かめると、慌てて椅子から立ちあがり、テーブルにぼくとミスター?ウル
フシェイムを取り残していく形で、部屋を飛び出していった。
「電話せにゃならんかったんだな」とミスター?ウルフシェイムが眼でギャツビーの姿を追いながら言った。「
立派なやつだよ、そう思わんか? 顔立ちもいいし、非のうちどころのない紳士だし」
「そうですね」
「あれはオグスフォード出でな」
「ほう!」
「イギリスのオグスフォード?カレッジに行っておったんだよ。知っとるかな、オグスフォード?カレッジは?
」
「聞いたことはありますね」
「世界でいちばん有名なカレッジのひとつだ」
「ギャツビーのことはずいぶん前からご存知で?」とぼくは訊ねた。
「数年前からだな」かれはうれしそうに言った。「知りあう機会に恵まれたのは戦争後のことだからな。だが
、1時間も話さんうちにこれは育ちの立派な男を見つけたもんだと気づいたよ。わしは誰に聞かせるでもなく呟
いた。『これはぜひ家に連れて帰っておふくろや妹にぜひ紹介してやりたいような人間だ』」ここでかれは言
葉を切った。「ほう、わしのカフスボタンが気にかかると見える」
ぼくはべつに気にかけてもいなかったけど、改めてそれを見つめた。どこか不思議と見なれた感じのする象牙
細工だ。
「人間の奥歯そっくりにしてある」とぼくに教える。