4月。大阪ではコロナ感染者が急増し、再び緊急事態宣言が
発出される状況に陥ってしまっている。3月あたりから自分が
親しい人の家族がコロナに感染するという例が2件出てきて、
いよいよ危険が身近に感じられるようになってきた矢先の
ことだった。再び外出は控えるようになり、自宅で暇を潰せる
ように、梅田の紀伊国屋で本を3冊買ってきた。いずれも
航空機関係の書籍。そのうちの一冊が『悲劇の発動機「誉」』
(前間孝則著/草思社文庫)である。戦闘機“紫電改”や偵察機
“彩雲”をはじめ数多くの飛行機に搭載された誉エンジンに
関する本だ。今まで第二次大戦・太平洋戦争の戦記物の中でも、
パイロットや用兵の視点から書かれた戦闘機関連のノンフィク
ション物を10冊程度読んでいて、今度は技術的な視点から
書かれたものを読んでみたいという思いが湧いてきたのだ。
ここ2,3年で航空自衛隊のF-3のニュースを時々見かける
ようになった影響もある。
誉エンジンを開発した中島飛行機という会社の経営者の
性格と会社の成り立ちやそれらを背景とした企業文化が
エンジン開発にも大きく影響していた事、戦争という非常時
の中で物資・時間共に不足するという現実があるにも
かかわらず、特に中島飛行機においては開発機種が
多過ぎて 技術者・製造者の労力・時間が分散して効率が
悪かった事、造船に関しては第一次大戦を経験して
戦時の生産体制の不備を軍や造船企業が痛感し、
国産技術の蓄積に努め生産方法の改善を積み重ねて
いたのに対し、航空機の方は欧米と比較して技術開発に
完全に出遅れていて基本的な技術力や経験が不足して
いた事 等々、関係者へのインタビューや膨大な関連資料の
調査に基づいた丹念な分析が素晴らしい力作である。
コンピュータによるシミュレーションなど無い当時、理論だけ
ではなく地道な実験や経験の積み重ねでエンジンを開発する
必要があったのだが、軍の無理な要求と技術者の理想論だけ
で作り上げてしまった誉エンジンが、現実の戦争の役には
立たなかったのは確かだ。しかし、そうして戦前・戦中に
鍛えられた(そして多くの失敗を重ねた)技術が戦後日本の
自動車作りにも生かされ、経済の高度成長を支えることに
なったのが感慨深い。これは造船技術についても同様だ。
現代では、アメリカ合衆国や中華人民共和国がモノ作りの
重要性を認識し、科学技術分野に莫大な投資を積み重ねて
いる。数多くの失敗もあるだろうが、同時に、その中から
花開き発展していく技術もあり、それがそれぞれの国の
益々の発展を支えていくのは間違いない。
戦前からの技術開発、知識・経験の蓄積があり それらを
継承してきたレシプロエンジンが、環境保護意識の高まりの
中で歴史的使命を終え、その座を電気モーターへと明け
渡そうとしている昨今、過去の知識・経験という蓄積を活用
できない日本は苦しい立場に追い込まれていくだろう
(もちろん電気分野でも まだある程度の力はあるが…)。
先進技術への集中的な投資と、失敗の中から新しい物を
生み出すチャレンジがそうした危機を救うというのが歴史から
得られた教訓のはずだ。金融立国、観光立国、などと時流に
乗るだけの安直な事しかアイデアが浮かばないような為政者
には猛省を促したいし、自分への戒めにもしようと思う。
著者の前間孝則氏は、IHIで20年間もジェットエンジンの
設計に携わったという経歴の持ち主。こういう技術に関係
する書籍は、技術職(“元”であっても)の人に書いて頂くに限る。
本書を読みながら、今まで自分が読んできた太平洋戦争
戦闘機戦記物に書かれていた事がより深く理解できるように
なったと思う。実は、今回 買ってきた3冊の本はいずれも
前間氏が書いたもので、他は『ホンダジェット 開発リーダーが
語る30年の全軌跡』 『日本の名機をつくったサムライたち』
の2冊だ。しばらく前には、三菱重工のFS-X設計チームリーダー
だった神田國一氏が書いた『F-2戦闘機開発』を読んだのだが、
これもまた大変面白かった。近頃、こういう技術系の素養が
ある方が書いた兵器関連物を読むのが面白く、マイブームと
なっている。



