ごきげんさまです

 

「ちゃんとする」の「ちゃん」ってなんだろうね〜

と思ったら、同じことを感じた方がいらしたようで、ネットで見たら

「丁」からきていて ちょうと→ちゃんと になった説

ちゃくと(すぐに、さっとすばやくなどの意味)から派生した説

とありました。

もともとは、ちゃちゃっとって言う感じの意味もあったのかしら

 

がっつさんのブログを時々読ませていただいていますが

「ちゃんとする」に囚われていると時々書かれています。

 

私も「ちゃんとする」の思い込みから抜けきれないので、すごくよくわかります。

 

もともとがズボラさんで「ちゃんとする」ことは得意ではありません。

だから 片付けにもとてもコンプレックスがありました。

 

そこへ思考の「ちゃんとする」観念が入ってきました。

倫理観みたいなもの?

 

夫は「ちゃんとするべき」の人です。

だから私のことを「いいかげんなひと」と表現します。

それを採用しなければよいのに、採用してしまうのです。

ちゃんとした人は、こんなことしないかも、って凹む。

 

以前に比べたら、お出かけの率は高くなっていますが

ずるずると遅くなった、ということはありません

「ごめん、帰ろうと思ったけど、盛り上がっちゃって。もうちょっと遅くなるから夕飯食べててね」というアクシデントがないのです。

そして、交通機関の乱れに必要以上にナーバスになります。

 

 

なぜならば「ちゃんと夫と一緒に夕飯を食べるからそれまでに帰る」って観念を採用しちゃっているから

(どうしてもの時は、あらかじめ言っておく)

 

だから千葉にゃんルームツアーもひとりだけ「お先に」と言って抜けてきました。

麹を使ったすてきなデザートの恩恵にも預かれません

 

 

そこがとても残念だと思うのだけれど

反面「ちゃんと家に帰る自分は良い人間だ」と思ったり

「ちゃんと楽しめていない自分は、勇気のないダメ人間だ」と思ったり

 

どちらも「ちゃんと」でゆれてしまう。

ああ、なんともったいない生き方をしてるのだ自分。

 

もう少し空間を増やせば、こころの空間も増えて

臨機応変になれるかなぁ

まだまだ 伸びしろだらけだわね