先日、『世界99』を読みました。

2016年に『コンビニ人間』で芥川賞をお取りになった村田沙耶香さんが、およそ10年後の2025年にお出しになった作品です。



『コンビニ人間』は、コミュニケーションが苦手なため生き方に悩む現代若者のお話です。時代の空気感をうまく掬った作品で、ベストセラーになりました。
本書『世界99』の主人公・空子も、〈周囲とのコミュニケーションの仕方がわからず他人の反応を真似している〉という人物設定のため、「なんだ、またコンビニ人間的なやつか…」と思いながら読んでいました。


ところが、上巻の終わりあたりで突然、思いもよらない展開があります。これは大変驚きました。
そしてその勢いのまま下巻に突入し、狂言回しの空子そっちのけでストーリーは俄然面白くなり、陰気とタブーとグロテスクを撒き散らしながら話が進みます。
しかも、村田さんはちゃんとご自身の答えをラストに置いています。「ここまでやりすぎたら収拾できなくて、きっと読者の余韻任せで逃げ切るラストだろう」と思っていたので、この結末は気合いが入っていてかっこよかったです。


本書は、人間の心を深掘りするヒューマニティージャンルではなく、きっとSFジャンルなんですね。
そこに村田さんの挑戦的な思想がゴリゴリ入っている。そんな作品です。
キャラクター重視ではなく、その視点から読むと非常に面白いです。序盤のスローテンポが嘘のような展開です。


人々の考え方や世間の常識、皆の価値観が10年、20年…50年後にはどのように変わっていき、社会はどう変化していくのか。
その行き着く果ての未来にある結末は何か。
それこそが、村田さんがこのパラドックスの未来で読者に問いかけたかったことなのだと思います。






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本書は、空子が10歳のときから物語が始まります。
空子を溺愛する父親は、情操教育によいと評判の〈ピョコルン〉という可愛らしい動物をペットとして空子に飼い与えます。
その世話をするのは空子ではなく、飼うのを遠慮がちに反対していた母親です。


この一家において、母親はすべての家事・育児・介護を完璧に行うことを要求されて疲れ切っています。
休みなく働く彼女を見ながら、空子は「自分も成長したら、あのように“人間家電”となるのだろう」と考えています。

一方で父親は、「そんなことは全部お母さんにやらせればいいよ!そらちゃんは勉強して将来は素晴らしい仕事をしてね!」といったことを言います。
そして彼自身は連日深夜まで働き、疲れ、しだいに痩せてやつれていきます。

家族という共同体によって自分の人生を潰される母親と、会社という社会の組織に使われて疲弊する父親。
どちらがマシかと考える空子。

・・・・・・

母親は明らかに家庭内における弱者です。
しかし、空子は母親を助けることも、この状況に疑問や怒りを抱くこともしません。それどころか、彼女もナチュラルに母親を〈便利に使って〉暮らしています。

だって、一度でも手伝ってしまったら、母親は今後も助けを期待する。
そうしたら自分も同じように〈誰かに使われる〉人間になってしまうから。

自分がやりたくないことを弱者に押しつけることで、それ以外の人間には心地よく機能している社会。
見て見ぬふりをして暮らしていく大多数の人間。
これは空子の家庭に限った話ではありません。程度の差はあれど人間社会は本質的に醜さを内包しています。


一方の父親はというと、〈ザ・モラハラ夫〉のような単純な設定ではなく、彼は妻に対する悪意は持っていません。
ただ、父親の労働条件はかなり過酷なようです。母親が家族から使われるのと同様に、会社から使われていると言えます。

もし彼が「会社を辞めたい、社会で労働して賃金を得ることに疲れた」と考えたとき、果たしてそれが可能なのか?
誰かが家族を養わなくてはいけませんが、代わってくれる人物はいるのか?
彼の望みを阻む要因である家族を、疎ましく思ってしまうことは悪なのか。
彼はずっと働き続けなくてはならないのか。
そういった不穏を孕んでいます。


空子はと言えば、友人の兄から小児性愛の対象として見られたり、見知らぬ中年男からの性被害に遭いかけたりと、ジェンダーを傷つけられながら成長していきます。

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それからおよそ10年後。大学生になった空子は母親のように、自分が将来、家族の人間家電+生殖担当として生きる覚悟があるかをシミュレーションするために、彼氏を次々と作ります。
そんな中、バイト先の男に両親が留守中の自宅に上がり込まれてしまいます。身の危険を感じた彼女は、動画で話題になっていた〈ピョコルンと性行為をする〉というのを試したらどうか?と男に持ちかけ、自分のピョコルンを差し出す代わりになんとか逃げ出します。
友人とともに戻ってくると、ピョコルンは死んでいました。

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さらに時が経ち、空子が30代半ばになる頃にはテクノロジーが凄まじく進歩しています。ピョコルンは品種改良され、人間と性行為ができるペットになりました。(※感覚として、私はこの設定は最後まで受け付けられませんでした)。さらには人工子宮も備え付けられて妊娠&出産も行えるようになりました。
つまり、女性は望まぬ性行為をせずに済むようになったのです。


空子は、“完璧な家電”を望む高収入な夫と結婚しますが、夕食が夫の気分に合っていない、友人と会うときの店は上限〇円まで、外出の際相手の名前と帰宅時刻の申告がなかった、風呂に湯を張るのを忘れていたなどで夫から5時間も土下座させられたりします。
このモラハラな夫は、空子が友達の悩みを聞くために食事するだけで、「主婦が養われてる身で人生相談かよ。気楽でいいよなー」などと凄まじい言葉を投げつけてきます。


夫は毎晩深夜まで働き、疲れ果てています。空子へのモラハラは〈社会で使われる男性〉という役割を降りて、〈家庭内で庇護を受けられるピョコルンや女性のような存在になりたい〉という気持ちが原因のやっかみでもありました。
それほど彼は疲れ切り、仕事を辞めたいと願っているのですが、妊娠・育児でキャリアが中断してしまう女性は企業にとってはリスクが高いため、やはり男性が社会での賃金労働を担い、女性が出産・育児を担当することが一般的な社会構造です。


このあと衝撃的な出来事が起こり、社会が大きく変わります。
空子が“人間家電”から解放されるときと、夫が“社会の道具”を辞められるときは、果たしてやって来るのでしょうか。

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このおよそ10年後。夫と離婚した空子が40代後半の頃には、ピョコルンは簡単な家事や育児までも行えるようになりました。
ピョコルンはすでに動物ではなく、それをベースとした科学技術✕生物のハイブリッド製品だと誰もが知っています。
ピョコルンが社会に浸透した今、女性が命がけで出産する必要もなくなり、また男性同士や女性同士のように恋愛が絡まない〈友情婚〉でも子供をもてるようになりました。


家事・育児・生殖をすべて行える美しいピョコルンは1千万円以上もする高級品となり、裕福なカップルがローンを組んで買い求めます。
しかし、空子がローンで購入したピョコルンは家事が苦手でした。

何度頼んでも毎朝重たいカツカレーしか用意できず、風呂掃除も洗濯も雑で、美しいだけで存在を許されているピョコルン。
「こんなもののために自分は今後数十年間ローン返済のため、必死に働き養わなくてはならないのか。」
空子はピョコルンが来てから居心地が悪くなった家に帰宅することが嫌になり、ピョコルンに憎悪すら覚えます。そしてそれこそが、離婚した夫が自分に対し抱いていた気持ちだと気づきます。
女性の苦しみから解放されると同時に、男性の息苦しさをわずかに感じとったのですね。

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この『世界99』は、表向きは人々のコミュニケーションの歪みを描いた作品ですが、根底にはジェンダーについての村田さんの考えがあるように思います。


本書ではまず、女性から望まぬ性行為を取り去りました。
次に、妊娠・出産を女性以外へ移譲させることで、女性のみが行える役割をなくしました。
つまり男性は〈生殖を担える唯一の生き物〉としての女性を守る必要はもうなくなり、一方で女性は妊娠・出産を理由として働くことを中断されなくなったのです。
さらに、家事の負担を取り去ることで家庭内における弱者を消滅させます。
ジェンダーは意味を持たなくなり、ついに男女は肉体的・精神的に平等になります。性別に関係なく、ともに働き、子を成し、育てていく社会となったのです。


人々の意識改革も一層進み、誰かに対して怒り・憎しみなどを感じる人は〈かわいそうな人〉されるようになりました。
本書の最後では、この〈怒り〉という醜い感情を持たずに済むよう、一定の年齢に達した人間は思想矯正のワクチンを打つような社会になっています。(こわいです…)


つまりこれこそが、

【すべてのジェンダー的役割に付随する不満や不安から解放されたら、人間はさぞかし幸せなんでしょ?】

という、村田さんが示したシニカルな結末なのだと思います。
確かに、すべての不安と不平等はなくなりました。
穢らわしい性欲はピョコルンで済ませ、危険でリスクのある妊娠・出産もピョコルンが担い、家事育児もピョコルンが行う。疲労にまみれて家族を養う必要もない。誰かに怒りを覚えることもない。
全部嫌なことはピョコルンに任せて喜と楽の感情だけで美しく生きていけばいいじゃん!


…でも、どうなんでしょう?


本書のラストで、我々が2026年現在悩まされている様々な煩わしさから逃れ、穏やかに談笑しているこの生き物たちは、果たして人間と言えるのでしょうか?
そして、ラストシーンで2階にじっと潜んでいる人は、一体どのように思っているのでしょう。


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長々とお付き合い下さり、ありがとうございます。
まさかSFとは思いませんでした。苦手ジャンルですが後半は非常に面白かったです。
【上巻の終わりあたりにある衝撃的な展開】は、敢えてここでは詳細を伏せています。興味のある方はぜひ読んでみて下さい🎵


でも、空子の設定がいけ好かないですね。
この記事では書きませんでしたが、クラスメイトに激烈ないじめをしておきながら〈自分には本当の自分という性格がないから罪悪感もない〉と平然とうそぶき、その一方で自分や身近な人が被害者の立場になりかけるとガクガクブルブル。
ちょっとそれは都合がよすぎるんじゃないかな? と思いました。
自分の性格がなく感情が波立たない設定のキャラクターなので、空子が周りの人々を観察&分析する場面が多く、まるで批評家のようでちょっと味気なかったですね。


私はやはり、非効率で愚かでどうしようもなくても喜怒哀楽がある人物の泥臭いお話が読みたいです。
人間の弱さや気高さ、必死に何かを追い求める姿が好きだから。


そんな、2025年の最後に読んだ本でした。


●本記事を読むための参照記事