みなさんもそうだと思いますが、
私も身近に嫌いな人います。
むしろそのほうが逆に健康的かなと普段は思っています
全く周囲に嫌な人がいない、みんないい人ばかり…!
ってなると、死亡フラグかと思っちゃうもん


あとは、その身の回りの嫌いな人をいかにかわして楽しく生活するかですけど
それでも、うっかり嫌な関わりを持ってしまうことってありますよね
犬のフンに例えるなら
うっかり踏んでしまうとか、風に乗って飛ばされて来るというウルトラCも
普段うまくかわしてるだけに、そのあとがなかなか立ち直れない
負ったダメージをウジウジ考えて
その嫌いな人のことをウジウジ憎んだり
あいつはどうしてああなんだ…!?
と、目の前にいない嫌いな人のことをずっと考えてる
例えるなら、犬のフンのことをずっと考えてる
楽しいことをしている時でさえ、犬のフンが目の前をちらつく
そして、そんな自分もますます嫌になる
情けなくないのか…
先日その状態になり、ほとほと自分に嫌気がさしたころ
ふと、あることが閃きました



私は、その嫌いな人のことをずっと考えているのではなく
その嫌いな相手にうまく立ち回れなかった自分に
納得が行ってないだけだ
この微妙な違い、わかります?
自分のことを悩んでいる
犬のフンがいつ道に落ちたのかとか、
何の種類の犬のフンかを考えているのではなく
うまくフンを回避できなかった自分について悔やんでいる
嫌いな人、犬のフンは悩みのきっかけではあるけど
今の私の思考の中心には無い
そう思うだけで、めちゃくちゃスッキリして驚きました
少なくともその後、嫌いな人が思考にチラつくことは皆無になりました!
自分が問題なら、話はクリアになる
今度から犬のフンに注意して歩こう
踏んでしまったら諦めよう
急に考えがシンプルになりました
自分でも驚きの思考術でしたね
そもそも、犬のフンにどういう事情があるかなんて考えるだけ無駄ですし…
いつもこの思考術が通用するかはわかりませんが
今後のために書いておきました。