テキトー親父NOBYのデイトレ日記みたいな -4ページ目

テキトー親父NOBYのデイトレ日記みたいな

70歳になった親父デイトレーダーの結末は・・・・・・
さてさて、どうなりますことやら・・・・・・

 なかなか、美味しい記憶シリーズに向かえない。

コロナ騒動で、そんなブログを書いていていいかと戸惑い書けないのだ。そんなこと、気にするなと思えるほど図太とさはナイのだ。

 昨日の土曜日には、母上様の体調が良かったので、外食にお出かけと決めた。割と近所の鰻屋さんへ。午前11時のオープンに一番で入る。美味しい記憶に書ける店だと思うが、いつもそんなに混んでいないという、不思議なお店。とにかく、母上様の体調と機嫌が良かったので、良きとする。 

 で、日曜日は何処にも行かず、ずっと録画してあるTVの番をしている。全録画タイプは、本当に優れモノだねぇ。何とか退屈をしのげる。

 

 もう、数週間前のコト、土曜日か日曜日に食べた何かに当たったよで、月曜日の朝にお腹が痛く、妙に熱ポイ。我慢していたら、昼から熱が出てきた。測ったら、37.5度を超えていた。これは、ヤバイ。

 何故、ヤバイというか、それは時節がらのアレがあるからだ。

 慌てて親戚がやっている病院へ電話して行くことにした。やはり、規則なので駐車場に簡易的に作られた発熱外来の部屋で診てもらう。

で、案の定PCR検査を受けるコトになった。その場所の寒いコト、だって換気が凄くて完全に防御態勢になっている。割と若い女医先生が診てくれて、酸素血中濃度が十分なのでアレの疑いはないだろうと呟く。それと前の日にずっと一緒だった叔父さんと母上様はピンピンしているからだ。咳もたんもでない、味覚も嗅覚もしっかりしている。でも、規則だからねぇ、やりますよPCR検査を・・・。

 検査には半日かかり、次の日の朝に電話をくれると言う。この時間が嫌だね~。それでも、まーねー、知り合いの所だからスピーディにやってくれた。近所のクリニックなら、こうはいかない。

 違うと分かっていても、やはり怖いよ。まさか、どこかで、とか思わないでもない。どこにでも、アレはいるから・・・。

 で、次に日の午前8時に電話が来て、良かったですね陰性ですとなった。やっと、病院内にて詳しく調べて処方しますとなり、急ぎ病院へ。

 炎症指数が7もあり、これはお腹に菌がはいりましたね、と診察してくれて、点滴を開始。菌のコトを先生はウイルスと言わず、バクテリアなどと言い直し気遣ってくれた。4日分の薬をもらい自宅療養になる。

 3日間は下痢と微熱、4日目にピタっと熱も下痢も止まる。ヤレヤレ。

 4日目には、80%は回復。後は、時間次第で食事に気をつけて力をつけていった。

 大騒ぎの一週間でしたよ・・・・。90歳の母上様に看病されて、全く申し訳ないし、情けない。

 思ったね、私立の病院は絶対にアレを出してはいけないって、だって普通に診てもらえなくなるリスクがあるから・・。病院内で点滴している時、オイラだけ一人しかいない部屋でつづくそう思った。

 そうそう、一昨年に胆石の手術を県医療センターで受けたが、この外科手術を受けるのに、半年待ったんだから、アレが院内で起きれば、大きな病院の普通の手術を受けられない事態が起きてしまう。オイラ、コロナ前で本当に助かったと思う次第。

 

 たいした話ではないが、身近に起きる理不尽な目に合うかもしれないコト、だからアレを避ける努力は必要ですねぇ。

 

 おまけに、これは良き驚きの話。

 オイラの友人の奥様が癌でホスピスとなった。もう大学病院で出来ることはないとなり、友人がその旨をオイラに電話をしてきて、電話の向こうで泣いていた。

 オイラ、奥様に先立たれた先輩だから、それなりに励ます。

 そこから半年、年が明けて連絡が久しぶりに取れた。オイラ的には、恐らくお悔やみを云わないといけないかもと電話で出たら、

 奇跡が起きていた。

 詳しく書けないが、癌が消えてピンピンしていると報告を聞く、ええっと大きな声を出してしまった。医学の進歩が凄いのと、人によっては助かるコト、それは奇跡だが、起きることがあるので、決して諦めてはいけないというコト。

 

 これは、たいした話だ。

 この夫婦のコト、どこかで心配していたので、心の中がすっきりと晴れた。

 いい話も世の中には存在する。

 

 

 

 

ぼうっとしていたら2021年になっていた。

今更、おめでとう、もないのですが、

それに世間様は騒々しくて、それどころではない感じが致しまする。

予想以上に、いやいや予想通りにコロナが蔓延している。

こりゃグルメの旅などと語っている場合ではないかと複雑な毎日。

オイラの家の様に高齢者家族、まー二人だけだけど70歳のオイラと90歳の母上様との生活では、コロナをどう避けるかだけの毎日。

だって、もしはないからねぇ。

かかったら命にかかわるからねぇ。

 

昨年の夏に、ビジネス人生にお別れしておいて良かったとつくづく思う。

残り少ない人生、どうにか生きていくだけの準備はしたと、だからもうビジネスはイイやと見切りをつけた。贅沢しなければ、何とかなる算段ってことで、それからは、実にのんびりして過ごしている訳なのですが、美味しい旅にお出かけが出来ないとは無念残念。死ぬまでにアソコへ行きたい、と思う場所が山ほどある・・・。

 

さて、

ビジネスは人と会わないといけない世界、これは当たり前です。

で、だから人に会わなければ感染しないし、うつすこともない。

コロナは、そういう嫌な奴だと・・・・。

 

一人で出来るディトレードはいいですよ。

負けないを前提に、このくらいならといける、勝つ、稼ぐノルマを厳守して毎日励んでおります。これがないと、毎日時間が溢れそうなくらい退屈です。

 

オイラの住んでいる所、地方都市ですが、コロナ感染者が最高記録更新となっているが、

中身は、いろんなカタチのクラスターで、例えばフィリピンクラブでの発生が数件ある。何故、この期間に夜中まで大勢のお客さんが行くのかなぁと思う。お酒が好きで、女性が好きなんでしょうが・・・。

でも、やっている店側から見れば、生きていくために飯を食うためだから・・・。遠い所から来て稼がないといけない訳で・・・。友達の友達から聞いたが、あの楽しい狭い空間なら絶対にコロナにかかると言っていた。で、大勢かかって、さぁ大変って訳ですぜ、旦那。

あっという間に、世話をしてもらえる病院がなく、自宅待機などと言う恐ろしい療養しかないとなった。若い人たちは治りも早いが、後遺症がかなりキツイと嘆いている。

命のトリアージュが、仕方がないという言葉とともに医療側では行われている次第。

それが、仕方がない、というコトかと、ぞっとする。

では、誰も悪くない、ってコトかと・・・・。

とりあえず、自己責任なんだろうが、

普通に暮らしていても、どこかでかかるというリスクは実に身近にあるのは、やはり怖い・・・・。

 

コロナにかかっても治す薬とかからない為のワクチン接種が普通になるまで、あとどのくらいかな・・・。

それまで、生き残っているでしょうかと・・・・。

 

株相場の世界を多少知っているオイラとしては、何故だか、とんでもない株高になっている不自然さに胡麻化されている感がある。

日常生活との乖離が酷い、だから大勢の働く層、サラリーマン層が錯覚しているという一因を感じる。株相場が暴落、低迷、下落していれば、本当の不況感を感じているハズ。これは誰かの仕業だと思わざるを得ない。

確かに、たっぷり刷ったお札の向かう所がないからねぇ。コロナリスクを株式にヘッジしている訳だね。

 

オイラのブログでは、よく普通が一番だと結構書いてきた。

この先、普通という概念がかわりそう。

もう、同じ普通はなく、普通という事が変化してしまった。

 

数年経って、そういえばコロナ騒動ってあったよね、などと話す時代が想定できるかどうか・・・。

オイラ、その時まだ生きてますかね。

 

次回からは、楽しいグルメの話を書ける様なマインドになっているとイイなぁ。

 

そうそう、オイラの地方は雪、もう少し北へ行けば豪雪ですぜ、旦那。

旦那って、誰って?

知らんがな、

オイラの友人の会社、物流の会社ですが、大雪で立ち往生して動けない、それも数台あると心配していると聞いた。大雪でも、行かねばならない仕事らしい、うーん、あれこれ、もう大変過ぎる年の始まりです。

 

人が生きているというコトは、動くコトが出来るという定義、

うーん、悩ましい。

 

大袈裟に言えば、全世界がカオスの中に居る、様な気がする。

誰のせいにも出来ないコトが、既にカオスだと・・・・。

 

 

 情報誌や情報番組で紹介されたレストランやホテルなど、携帯のメモにどんどん溜まったしまった。普段なら、一年の中で必ず行っていたのに、全く迷惑なコロナだ。オイラの様に高齢になれば、残り少ない年月の中で、しかも健康な内に何とか行きたいと思っているが・・・。

 

 とりあえず、その3を書こう。

えーと、前回のブログで紹介した伊勢路の旅ですが、お伊勢さんに行くなら、おかげ横丁の赤福の本店には行って欲しい。出来立ての赤福が味わえる。今は、結構どこでも手に入るが、作り立ての味は違いまする。

 それと、名古屋では、味噌味を楽しむなら、味噌煮込みの山本屋にも行って欲しいなぁ。これは、どこの店でも良いかと・・・。

 

さて、東京編にはまだ行けない。

京都編も、あまりに名店が多すぎるのでここも書かない。あえて書くなら、吉兆と瓢亭には数々の思い出がある。

美味しいコトと大事なコトは、誰と行ったのかというコトでもある。それとそこと出会った年代により、インパクトがそれなりに違うかと思う。

瓢亭は、玄関先にお店の門番みたいな人が居て、ここは予約が必要ですよ、それとお値段は結構しますので・・・と初めて訪ねた時に言われたのを思い出す。一言さんは、どうとかこうとか、京都らしい・・・。

京都は和のイメージがあるが、洋食の美味しい店も結構多い。

テレビの情報番組で調べたらしいが、京都の人たちの朝食はパンが圧倒的に多いんだって・・・。

そうそう、オイラは京都へ行った時は、必ずイノダコーヒーの本店へ行くけど・・・。後は、かぎぜん、漢字は忘れたけど甘味処ね・・・。

思い出すとキリがないので、もうやめよう。

 

全国のグルメの思い出を適当に・・・。

 

所は、金沢です。

オイラの後輩がおもてなしをしてくれたのは、金城楼という老舗の高級料亭。若かったので、そこまで味がどうのこうのとは語れないけど、独特な雰囲気のお店だった。値段は、後から聞いてびっくりした記憶がある。

 

所は、八日市です。

家族大勢で結構通ったけど、ここも名店で招福楼。一度来店したお客さんに同じ器は絶対に出さないというこだわりがあり、季節の味を堪能出来た。オイラの母上様のお気に入りの店です。

 

所は修善寺、

ここも両親のお気に入り料理旅館で椿です。

とんでもなく高いので覚悟して行かねばならない。

オイラは3回くらい行ったと思うが、ここは両親との思い出があれこれあるので書いておこう。

 

横浜と神戸の中華街、こんな面白い街はない。

どんな小さい店でも、中華料理への新しい発見や出会いがある。

両方の街に友人が経営しているお店があったので、街中のいろんなお店、しかも結構ディープなお店を多く楽しんだと思う。

ちょっと飛ぶけど、香港の中華料理店の話も書きたいけど、名前が出てこないので又にしよう。

 

50年以上になるグルメ旅なので、

こんな程度に思い出し出し、書いていきます。

思い出してが多いので、寄り道が多いのです・・・・。

 

疲れたので、今回はここまで・・・・