昔父が中国大原で日本語教師をしていた時、一度だけ中国を訪ねたことがあります



その時、両親に連れられ城壁で囲まれてまちに行きました


そのまちは周囲をぐるりと高い城壁が囲んでおり、観光客はその壁の上を(3m位幅がある)を歩くことができます



壁の上を歩いている人は、上からまちの様子を見下ろすことができます。


特には家の中の様子まで分かります



とても不思議な感覚



上から見下ろすと、自分が巨人にでもなったような気持ち




まちの住人は、上から見られるのをなんとも思っていないのか、それが当り前なのか、生活を行いながら私たちを見上げます




ガイドの方に聞いたら、そのまちを一歩もでることなく、一生を終える人もいるとか




いつも誰かに見られている生活




不思議~



でも見下ろしている私たちがあのまちで暮らすことはできないだろうな~


だって、生活すべてをいろんな人に観察されているようなものだもの




たとえば今の日本の状況をこころから心配して、すでに何か行動を起こしている人は、城壁の上を歩いているひとだと思う。


でも何もしていない人は、城壁に囲まれたまちの人




そんなもんだと思ってしまえばなんの疑問をもたなくてすむ。




知らないことの幸せ




それはそれで良いのかも知れない




でも、いったん街を出たら・・・きっともどれなのじゃないだろうか?




昨日夫と居酒屋さんで、飲みながら「これからの日本ってどうなると思う?」みたいな話を



別に日本人が今のまま変わらずともきっと小さな幸せはあると思う


でも、その前提条件として日本が独自に小さな幸せな国になったとしての話



海外とのかかわりがあれば、難しいのではないだろうか?




壁に囲まれた生活



外の人間からみたら奇異にもうつるその生活


でも壁の中で生活する人たちは、きっと幸せなんだと思う




私はどうかな~



やっぱり一度壁の上から壁の外の景色をみちゃったから、そこに幸せを感じるのは無理だろうな~