40歳前後の女性を称してアラフォー
そして、最近は40過ぎの女性はオバフォーと区別(差別)するらしい
私は丙午生まれのオバフォーですが、あまり年齢を気にすることもなく生きてきたような・・・
短大卒の私はいわゆる男女雇用均等法の1年制。といっても、短大卒はそれほど大きな変化もなく、大それた望みもなくバブルを謳歌していました。
私自身、大人として自分を認識し、というか、大人としてこれからしっかりやっていかなければと思ったのは、アメリカでの大学生活の経験が大きい。
23歳で結婚し、そのまま夫の赴任に伴い渡米。せっかく大学がそばにあるから、と義理の両親の勧めもあり、大学に再入学。
短大での単位は少しも認められなかったので、もう1度1年生からやり直し。
でも、奨学金をもらいながら大学に通う同級生や、アルバイトを掛け持ちにしている学生、軍隊にはいることで授業料を免除されているからと、湾岸戦争に行ってしまったクラスメート。
あの4年間は、本当の意味で頭と心が成長できたと思っています。
私は日本の女性はあまりにも年齢を気にしすぎていると感じています。
また外見も・・・ 「いつまでも美しく」というのは良い心がけですが、「いつまでも幼く」いることが日本でいうところの美しい→かわいいという意味に履き違えられているような。
大人は大人として美しくなければいけないのではないだろうか・・・
私は大人としてちゃんと生きているのだろうか・・・
23歳の時にアメリカの大学に入り、一般教養でウーマンズスタディを受講したのですが、
「女の子とは呼ばれたくない」
「○○さんの娘、○○さんの妻、という呼ばれ方はしたくない」
そんな風に自分自身を見つめ、将来に真剣に向き合っている20歳前後の女子学生を目にし、カルチャーショックを感じたことを昨日のように思い出します。
大人として、輝くこと。
やっぱり人間のゴールとして当然目指すべきことではないだろうか、と思うのです。
アンチエイジングより、ウェルエイジング。
よりよい年齢の重ね方をしたい。
オバフォーだろうがアラカンだろうが関係なく、いい大人になりたいと思います