いつになったら言われなくなるのかな



「もう一人頑張りなよ」



結婚すれば、「子供は?」



一人目授かったら、「二人目は?」



二人目授かったら、「三人目は?」



三人目授かったら、「四人目は?」



四人目授かったら、…



何人授かれば聞かれない?




でも次は性別について言われるのかな



「一人くらい女の子/男の子いないと」




そのうち年齢差のことも言われる



「そんなに歳離したの?」



「年子?大変だね」







子供を授かりたくて頑張ってる人もいるんだよ。



目には見えなくても、お空のうえに我が子がいる人だっているんだよ。



何気ない一言で、傷口に塩を塗られ苦しくなる人がいるって知って欲しい。



みんながみんな、思い描いた人生を歩めるわけじゃない。



心が引き裂かれるような現実を必死に生きてきたんだよ。



わかって欲しいとは言わない



だけど、少しは想像してみてほしい



言った本人は深く考えてないだろうし、悪気があるわけじゃないのはわかってる



だけど正直堪える



もっと歳を重ねていったら言われなくなるかもしれない



でも今度は、
「お子さんご結婚は?」
「お孫さんは?」
って言われるのかな



もー、そんなに他人の心にズケズケ踏み込んで楽しいのかな?



他に話題はないのかい!



私の事情は話してあるんだから何回も言わないで欲しいなショボーン



笑顔で取り繕ったけどさすがに凹むよ!









お久しぶりになりました。



思わぬことが次々と起こり、なかなかアメブロを開くこともできない日々でしたあせる



たくさんの天使ママさんがブログにコウノドリについて書かれていたので、私もちょっとだけ思ったことを書きたいと思います天使





今回は子宮内胎児死亡のお話でしたね。


週数は違うけど、心臓が動いていないエコーや頭部のエコーが映し出された時、一瞬で4年前のあの日へ戻りました。



ドラマの中では医療者が寄り添ってくれる姿や、亡くなった子にできることをたくさん描かれていました。



天使ママさんの中には同じような経験をされた方もいらっしゃると思いますが、私はまったく違いました。



子宮内胎児死亡がわかってから、処置以外で医療者が私の元へ訪れることはなかったし、にょろちゃんにできること何も教えてもらえませんでした。



出産する前夜に必死でネットにかぶりついて調べて、同じような天使ママさんたちのブログを読ませてもらい、折り鶴をいれること、写真をとること、手紙を書くこと、お菓子をあげること、へその緒をもらうこと、このくらいしかそのときは出来ませんでした。



後になり、薬で止める前に母乳をあげればよかった、手形足形をとればよかった、直接抱き締めればよかった、お風呂にいれてあげればよかった、など後悔していることがたくさんあります。



その上、私は病院の方で提携している火葬場にお願いすることになってしまったので、にょろちゃんを抱いて退院はしていないのです。



当時は、夫婦ともに火葬の手配とか考える余裕もなく、病院から勧められるままにそのようになってしまったのですが、自分達でにょろちゃんを連れ帰り、自宅での時間を過ごして見送ってあげればよかったとこちらも後悔しています。



そして自分自身が退院するときも、ドラマとは違い、病院の裏口から隠されるように出ていきました。



病院によってこんなにも対応が違うこと、にょろちゃんに出来なかったこと、たくさんの後悔が今も消えずにあります。



でも、今回のドラマを通して、子宮内胎児死亡という悲しい現実があるということ、死産というものが少し世間に周知されたかな、と思うと、言葉は適切ではないかもしれませんが、よかったと思いました。



私自身、当時は子宮内胎児死亡という現実があるなんて思いもしなかったので、出産は当たり前ではないんだということがもっと広がってくれたらなと思います。



様々な理由で天使ママになられたみなさんを知り、命があるということはそれだけですごい奇跡なんだと思い知ります。



もちろん子供を亡くすという経験はないにこしたことはないけれど、それでもお子さんに先立たれるお母さんお父さんが後をたたないのなら、せめてドラマの中で描かれていたように、心に寄り添った環境が整えられるといいなと思いました。



私自身が医療者の立場として働いていた時のことを思い返すと、ちゃんと寄り添うことができていたのかな。。。と考えてしまいます。



その時は自分にできる限りのことをしてきたつもりですが、亡くなった患者さんやご家族に対して、もっと寄り添い出来ることがあっただろうと今になり思います。



自分がその立場になり、初めて医療者と患者の間の捉え方の違いというのを肌身に感じました。



病院や医療者の違いで受けるケアも違うということが少しでも少なくなるよう、改善されていくといいなと思いました。



もちろん私自身も、いつか自分の経験を活かして、誰かの力になりたいと思う今日この頃です。




にょろちゃんが亡くなって4年がたち、悲しみや悔しさで真っ暗だった日々から抜け出し、今では日常生活を普通に送れるようになりました





そんな自分に嫌気がさす気持ちと、頑張ってきたんだなと思う気持ちと、相反する気持ちを持ちながら過ごしています





以前にも書きましたが、私にはにょろちゃんが亡くなって2か月後にうまれた義姉の3人目の女の子がいます 





名前もにょろちゃんにつけようと考えていた名前の女の子です





ずっと会えなかったけど、次男が無事に産まれて少しずつ交流が増えてきました





会うときは心にたくさんの鎧を身につけて会いにいきます





本音を言うと、気持ちがついていかない時もありますが、何より息子が従兄弟たちの交流をとても喜んでいて、それに加えて義両親や夫も嬉しそうなので、今まで音信不通にしていても黙って見守ってくれていたみんなのためにもと頑張っています





今日も、夫不在の中、義母と義姉家族と遊びにいきました





これだけ交流も増えてきてるし、時間も経過しているから、もう立ち直ってると思われてるのでしょう





義姉の3人目の女の子の七五三の写真を、「見て見て~」と持ってこられた時は言葉につまりました





危うく身につけていた鎧が剥がれそうになりました



必死に言葉を紡ぎだし、ようやく言えた言葉は

「…かわいい」

を繰り返すのみ





その後も次男のことを、「二人目だから~」と言われる度にグサッと来たりはしましたが、悪気がないのはわかっているし、にょろちゃんにとお花もくれたのでプラマイ0(ちょっとマイナスショボーン)で乗り切りました





帰りの車で、息子たちも疲れて寝てしまって私ひとりだったので、ついつい本音がこぼれ落ちてしまいました





ちくしょー…かわいいなー女の子…





泣きながら帰ってきました





ごめんねにょろちゃん


やっぱり悲しいや悔しいや


あなたを元気にうんであげたかった


会いたいよ





他の天使ママさんたちが頑張ってる姿をみて、おかあさんもにょろちゃんのために下を向いてばかりいないで頑張ろうと思ってるんだけど、けっこう難しい





でも、おかあさん頑張ったよね?







誰にも言えない気持ちをここにありったけぶちまけて、また頑張ろう





もう十分大人のはずなのに、まだまだ気持ちが揺らいだり弱くてだめだなぁ





揺らがない強い心が欲しいです