「武術」というのは心と体をできる限りつなげていく作業をするものだと強く感じる。

最近の武道や教育は精神性を前に出して体との「つながり」をおろそかにしてしまっている感じがする。

 武道では「体の鍛え方」と「心の鍛え方」に一貫性がなくバラバラであるようだし(そういったものが失伝しているのかな?)、教育の方では勉強勉強で頭ばかり使っているようである。

 「」と言うのは最高の段階であってその途中過程で養うべきもの(術)がとばされているのではないのかな?

 「武術」においては術の完成は繊細なまでの心と体の一致ではないだろうか。

「術」のステップを踏んだうえでの最高段階が「道」になっているような気がする。

そう思うと私のの武術修行の「道」は遥かに遠く、そして高く険しいものだなと思ってやまない。


 最近めっぽう酒に弱くなったと思うドクロ
精神状態が悪いと悪酔いしてしまいまする~叫び
最近は八卦掌の練習を主に行っています。いろいろと調べてみたいのですが私のしている八卦の情報が少なくてむっこれはこれで弱ってます叫び