どうやら自分の身を守らなくてはいけない。

 

とはいえ、私よりも詳しい事情を知っている方もいることだろう。

理由はどうあれ 今回、友人である彼らの尊厳を維持するためにずっと沈黙してきたが、

今後もこの地で営む上で、今更だが簡潔に記そうと思う。

 

人の噂も75日というが、質問を受けそれぞれに説明することにもいささか疲れてきた。

伝わる人に書くつもりだ。

 

私は県の誘致事業によって一昨年に家族を連れて帰郷することとなった。

それは経験者にしか知り得ない、限りない一大決心だった。

 

まず何よりも子供達の学校を考慮し、当初の話し合い通り新年度と新規事業地こけら落としのある3月下旬に引っ越してきた。

しかし、行政段階での事業地の準備は当初の話から思いのほか進んでおらず、私の事業開始時期は大幅に遅れた6月からとなる。この間の家族の不安と信用被害は甚大だった。

親として、また夫としても責められとても苦しかった。

未だに情けなく感じている。

 

そんな中でも帰郷する決心のもう一つの大きな理由になっていたのは古い友人二人AとBから

 

「茨城でレストランを開業する夢を叶えたいから力を貸して欲しい」

との話だ。

 

シェフのAは東京でも苦楽を共にした仲間なので信用に値した。

そんな彼らの計画が私のクライアントとなって共に仕事できることはとても誇らしかったし、

事実、開店後の営業はすぐに軌道に乗り、担当する広告のアクセス数もかなり大きな成長を遂げ、

彼らの目標に尽力できた事を誇りに感じとても心強く、

仲間との役割分担作業に日々の充実感をそれぞれに得ていた。

 

順調に進みながらもある日、友人シェフAと友人オーナーとBとの間に確執が起き 話し合いを重ねたが、

結果、収拾不可能となる。

 

それを引き金に、シェフである友人Aと私の間に交わされた「約束の5年」

それとオーナーである友人Bと私の間に交わされた「契約の3年」は破棄され、

私も事を大きくすることなく業務から離れることになる。

 

その後店は新しく20代の若いシェフに任せたようだが、もちろんうまく行くはずもなく、

ある日姿を眩ませてしまったらしいが、その辺りの事情はよく知らない。

 

私は彼らの都合で、本来の仕事以外に、

あるときはプロデューサー、あるときはホールスタッフ、あるときは客と姿を変える事を余儀なくされたが、

店舗工事の段階から経費削減を理由にペンキ塗りや簡単な大工作業や音響工事を友人同士皆で作業していたことから、

柔軟に受け入れ楽しむようにしていた。

 

しかし結果としてそれが仇になってしまった。

 

これこそが私の失態である。

 

世間は狭い。特に田舎は狭い。

 

私は今まで「雄弁は銀 沈黙は金」としてきたが、今回は違ったようだ。

これは社会風潮だろうか。

今の時代には「雄弁は金」という瞬間が多々存在するように思う。

このSNSというものも、その傾向に拍車をかけているのかもしれないが、

このような話のあらすじに使うことには向いているかもしれないと思い書き記すことにした。

 

少なくとも私は、今朝、子供達が首にかけてくれたチョコレートで出来た金メダルで十分

いいね!な気持ちになれるのです。

 

しかし、失った信用はどうやら取り戻せない。

 

ただ私は間違いを犯してはいない。

 

胸を張っていたい。笑い泣き

 

 

まじかるクラウン Q1.ニックネームは?

nobunobucat

ラブ Q2.最近のマイブームは?

釣り

バナナ Q1.好きな食べ物は?

カレー

 

 

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