NobunagAのブログ

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家庭菜園、ゲーム、アイドルなど趣味の話題や、子育て、介護関係のことをつらつらと書いています。



あけましておめでとうございます。

今年は午年(うまどし)ということで
去年からやり始めた
ウイニングポストを
頑張りたいと思います!!

…じゃないな、
それをやっている時間が
相変わらずないのである…

自分の時間を作ることかなぁ…


Xのフォロワーが
9970くらいで止まっていたので
そのまま伸びなければ

「今年の目標は10000人!」

と掲げて三が日中に
達成するというボケを
かますところまで
考えていたのだが…

大晦日の間に達成できました、
フォローしてくださった方
ありがとうございます。

さすがに10000人になると
これ以上というのは
なかなか難しいものがあるので
あまり目標は持たずに
やっていこうかな。

12000人くらいに
設定はしておくか…。


去年の夏は暑すぎて
野菜がうまく育たなかったが
今年はどうだろうか。

畑は母が残してくれた
大切なものなので
なんとかやっていきたいね。

そして…

父の対応はまだまだ
残っている…

年末年始を挟んだから
役所や各事務所が
やってないんだよな…

そして、わからないことだらけ。

あれ1年間くらい
かかりそうなんだけど…


今年は忌中なので
神社にもいけないし
仕事もしないとならない、
おまけに書類の作成もあるから
結局は遊んでる時間は
あまりないな。

父がいなくなったから
また家事の分担も増えるし。


とはいえいちいち
嫌なことでめげていると
キリがないので!!

ひとつひとつ頑張っていこう。

よく親父が

「お前はメンタルが
強すぎておかしい」

みたいなことを言ってたが、
まぁ確かにそうなのかも
しれない。


でも、同じ時間を過ごすなら
落ち込んだり悔やんでいるより
それをプラスに転換したほうが
よほど生産的なんだよ。

嫌なことがあるときは
それをどうやって
活かそうか?

とはいつも考えている。


失敗なんかはしたほうがいい、
くらいのところもあるからね。

生きている間は
人間は成長できるので

「自分はここまで」

とか決めつけないほうがいい。


とはいえ、親父の急病を見て
身体に気をつけないと、
とは思ったけれども。

まぁ、気をつけると言っても
あんなに健康診断して
病院にもいきまくっていたのに
まったく気づかないんじゃ
あれはどうにもできないけど。

つまりは事故みたいなもので
いつ災難が振りかかるかは
わからないってこと…

でも、だからこそ
毎日毎日を悔いなく
送らないといけないんだよね。


母を亡くしたときにも
感じたことなんだけど
そういう悲しいことが
あるということは
同じ境遇の人の気持ちを
理解できるようになる
チャンスでもある。


生きているとたくさん
数え切れないくらいには
嫌なことはあるんだが、
神様がどれだけダメージを
与えてこようと
ギブアップしなければ
負けではないからな。


でも、読んでくださってる方、
フォロワーの皆さんには
嫌なことが振りかからないように、
とはいつも思います。

だって誰もがこんなふうに
強く生きられるわけでは
ないものね。


皆さんの一年が
悲しいことや嫌なことが
限りなく少なく、
明るいものになりますように。
Xのフォロワー10000人を
達成しました〜!!!

年末にきてフォローしてくれた
皆さん、ありがとうございます。


たまたま今日、
親父が頼んでいたらしい
おせちが届いてせつねーな…

みたいなポストをしたら
この年末にきてバズって
くれていたので…。

そういうポストはバズる
つもりで書いてるわけでは
ないんだけど…

同じような思いをしたことがある、
という人がたくさんいたので
なんだか励まされましたね…

こういうのがXのよさだと
思います。



基本的に…

親父のことはいまだに
ハッキリとした悲しさってのを
なかなか実感として
感じることがなくて。

でも今日みたいに、
親父が注文していたおせちが
届いたりすると

「そうだよな…
まだ死ぬつもりじゃ
なかったんだもんな…」

とか

「正月には帰れるかなぁ」

と言ってたよな…と。

そんなことを思います。


病気の方のポストというのは
これまでも密かによく読んでは
いたんだけど…。

親父がこんなふうに
急な病気で亡くなってしまい
余計に世の中の人の病気が
少しでもなくなってほしい、
いま苦しんでいる人が
ちょっとでも救われてほしい、
そういう気持ちが強くなります。



今年はこの年末になってから
ジェットコースターどころか
あの遊園地にある
上に登って登って〜落ちる!!
みたいなとんでもない
アトラクションのように
恐ろしいスピードで
親父の入院、そして葬儀…
と、追われてしまいました。

こんなことは想像して
なかったよなぁ…。

12月に入ってから突然、だもの。

12/1の時点ですらも
想像できないんだよ…。


人生は何があるのか
わからないな。




でも…

母親のときも思ったけど
俺はなにがあっても
家族のために強くいないと
いけないからね…


仕事に追われすぎて
家にも迷惑をかけてるし
どこかで引退したいと
思ってはいるのだけど。


自分が本当にやりたいことは
全部、封印して生きてるからね…

なので仕事そのものに
そこまでのこだわりはなく
だけど人助けができるならと
やっている感じです。



生きるということは
思いを継いで、
そして繋げていくこと
なのかなぁ…


父と母が植えた
アヤメも俺がこれからも
守っていかないといけないね。




いろんなフォロワーさんたちが
いつもあたたかい言葉を
くれることに感謝しています。

たとえSNSでもやりとりが
発生するということは
人生がそこで交差してる、
ということだからね。

今日みたいに

「あー、俺と同じ思いを
した人がたくさんいるんだな…」

と思えるだけでも
少し救われたんですよ。




大河ドラマべらぼうも
面白かったですね。

毎週、感想やらネタポストを
読んでくれていた皆さんにも
感謝です。

来年の豊臣兄弟!も
楽しんで観たいと思います。


それでは皆さま、
よいお年を…。


来年は嵐のライブがあります。

なるべく多くの昔からの
ファンの方々が
当選できますように。

なんだか親父の


体調不良→入院→悪化→

危篤→死去→通夜→葬儀


全てがジェットコースターすぎて

悲しむとか過去を思い出す、

なんて暇すらなくて

今日ようやく葬儀が終わり

一息ついているところです。


Xでは非常にたくさんの方が

コメントをしてくださり

ありがとうございました。


なるべくリプ返しましたが

しきれなかった方がいましたら

ごめんなさい。



母の葬儀のときは

あまりにもすごい人数が

ご会葬くださったんだけど

さすがにそんなには

来ないだろう…と思いつつ

でも親父も普通の人よりは

多かったのかな?


ありがたいことですね。



昨日は方丈さんが、

梅花流詠讃歌という

唄うお経をあげてくれて

なんだか心にしみました。


悲しんでる時間が

ほとんどないぶん

ああいう音楽のような

お経が胸を打つのかも。


今日はそれに関しても

方丈さんにお礼を

述べさせてもらいました。


あれは歌を唄える僧侶と

そうじゃない方もいて、

歌を好んでいるから

披露されていると思うし

実際、その歌は俺のような

人の心を癒やしているので

本当に素敵です。


YouTubeなんかでも聴けるので

興味のある方は聴いてみて

ください。


新興宗教とかではなく

普通の仏教のお経なので

怪しいものではないです。


そういえば大河ドラマ


「おんな城主直虎」


でも直虎がお経を唄っていたけど

ああいう感じです。



なんだか母のときには

一番辛かった火葬も、

その後の葬儀もとにかく

悲しみらしいものが

全然わいてこなくて…


父との相性はそんなに

良かった方ではないと言えど

べつに憎んでいたわけでもないのに

親の葬儀で悲しんでない、

という自分に罪悪感すらも

覚える感じでしたが…


最後に故人へのお礼を

ナレーションの方が

読み上げてくれたときに

ようやくちょっと涙は

にじみました。


ナレーションの内容は

俺がプロフィール用紙に

書いたものが元になっているので

子供の頃の父との思い出や

孫たちにどんなふうに

接してくれていたのかを

ストレートに書いていて…


山あり谷ありだけれども

そういう中を父親として

懸命に駆け抜けてくれたんだな、と…。


素直にそこを見つめると

やはり何よりも感謝こそが

心の中に残っているんだと

ようやく実感できました。



喪主のあいさつは…


完全にぶっつけ本番で

臨みました。


「用意した原稿を読む」


ってのが嫌いなんですよね。


それよりも


「その時、その場で

感じたことを自分の言葉で

皆さんに伝えたい」


という気持ちのほうが大きくて、

それが多分一番嘘偽りのない

自分だけの言葉になるから。



皆さん、良かったよ…と

言ってくれましたが

親父も喜んでくれただろうか。



まぁ…正直、悲しみよりも


「疲れた」


これがもっとも大きいか…


何の準備もなく、

急にジェットコースターの

上からどひゃーっ!と

落とされていくようで

本当は情緒も何もないんだ。


あれだ、普通のジェット

コースターみたいなのじゃなく

上に持ち上げて単に下に

落下するような何が面白いのか

わからないタイプの絶叫マシン。



銀行やら親父の引き落とし関係の

口座変更やら色々と

やらなければいけないことは

まだまだ山積みだし、

そもそも何を契約して

支払いがどうなっていて、

なんて全然わからない。


病死ではあるんだけど

感覚としては

事故死のようなもので

まったく予期せぬうちに

突然、この世からいなくなって

しまっている…。



でも、べつにこれも

俺だけが特別に不幸で

こんな思いをしていると

いうことではないからね。


Xのコメント読んでも

似たような形で

親を亡くされてる方もいる。


原因不明の病気ってのも

この世にはたくさん

存在しているのだろうし

先ほども書いたように

病気じゃなくとも事故や

天災によって大切な人を

失うこともある。


こういうふうに急に

親を失うのは残念だけれども

それは同時に同じような

境遇になった人へと

今後は思いを馳せることが

できるわけだし。


母が癌で亡くなってからは

癌患者を支えている家族や

その病気で家族を亡くす人の

辛さというものが、

理解出来るようにはなった。



大切な人の死を、

後悔ばかりのものにするのか

これからの人生で誰かへの

優しさに変えていけるのかは

全て自分次第。



人間というのはたまたま

肉体を持っていて…


血縁関係もありずっと長く

そばにいる人のことを

家族、と認識しているけれども

だけどそれは何で構成されて

いるのかと言えば


「その人への思い」


に他ならないんだよね。


目に見えないものが、

目に見えるものを

形作っている。



俺の母も父も肉体は

失ってしまったけれども

俺が自分の親として

慕い続けている以上は

心の中では生き続けている…


そんな気はします。