いまさらながら天皇杯の記事でも。
岡山 対 甲府
実はものすごい対決です。
その名も、『本物の桃太郎はどっち?』
いやいや、明らかに甲府には桃太郎関係ないでしょって皆さん思われているかも知れません。
私も先月末まではそう思っていました。が、
先月、社員旅行で中央高速を走っているとき、バスガイドさんに教えてもらいました。
鬼が島のモデルは山梨県大月市(ヴァンフォーレ甲府のホームタウンの一部)の岩殿山だという民話が残っているそうです。
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岩殿山の鬼退治(桃太郎)
昔、昔、岩殿山に大きな赤鬼が棲んでいて里にでては女や子供をさらったり、牛や馬を盗んで食べたりしたので里人たちはたいそう困っていたそうです。
この山の東の方に百蔵山という山があって、その麓の葛野川に大きな桃が一つ転がり落ちて、川下へ流れていきました。
上野原の鶴島と言うところに仲の良いお爺さんとお婆さんが住んでいて、お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川で洗濯をしていると、川上からドンブラコドンブラコと大きな桃の実が流れてきました。「なんとでっかい桃だんべぇ」と拾い上げたお婆さんは、家に持って帰りお爺さんと一緒に食べようと思って割ったところ、中から可愛い元気な男の子が生まれてきました。
桃太郎と名付けられたその子供は、やがて強く逞しく成長し、岩殿山の鬼のことを聞き、「ひとつ退治してやろう」と、お婆さんにキビ団子を作ってもらって出かけました。
途中、犬目というところで犬を、鳥沢でキジを、猿橋で猿を家来にして岩殿山に向かっていき、麓まできたときに大声で呼んだところ、鬼は怒って持っていた石の杖を二つに折って左手でそれを投げましたが、その杖は途中の畑に物凄い勢いで突き刺さり、その辺り一帯に地震が起きたそうです。
このことがあってからここを「石動」と呼ぶようになり、今でも畑の中に残っている石杖を「鬼の杖」と呼んでいます。その後西の方へ廻った桃太郎めがけて鬼は残りの杖を投げました。それは笹子の白野という集落の境に突き刺さり、こちらは「鬼の立石」と呼ばれるようになりました。
桃太郎は鬼の攻撃に負けることなく、やがて岩殿山の頂きへ攻め上がって行きました。あまりにも勇敢な桃太郎に追い立てられて逃げ出そうと、東の山へ足をかけたところを待ちかまえていた桃太郎に腹を切られて死んでしまいました。死んだ鬼の腸が固まったといわれるところを「鬼の腸」と呼び、赤い色をした土のところは「鬼の血」と呼ばれています。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/1415/otsuki/minwa.htm#momo
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だそうです。信憑性のほどはよくわかりませんが、大月市の紹介パンフレットの中にもこのことが触れられているそうです。
一般的には、桃太郎は岡山の話であるといわれています。モデルは第7代天皇孝霊天皇の皇子である吉備津彦とされていますが、孝霊天皇は”欠史八代”のひとりであり、実在しなかった天皇とされているそうです。よくわかりませんが、実在しなかったとされている人の子供が実在するのは非常に困難なことだと思います。
気になる方は下記のサイトを見てください。
http://homepage3.nifty.com/koyaji/me/mtarou/mtarou.htm
いしかわごう様、そして両クラブの関係者の皆様(こんなブログ見てないと思いますが・・・)。もう終わってしまった試合なのでどうしようもありませんが、もしも来年、甲府と岡山の試合がJ2あるときにはこのネタちょっと使ってみてください。うちは高みの見物になるといいですけれども・・・。
来年の話をすると鬼が笑いますか・・・。