10月1日に旦那に転勤の辞令が出た。
最下位の課を一番にまでにして、まだ1年7ヶ月なのに転勤。
その前も最下位の課に行かされ一番になって関西から横浜に来て2年半で転勤だった。

今回も最下位の課に赴任を命じられて、旦那もさすがに参ってる。

私は旦那の転勤にずっと一緒に行ってて、今回もそのつもりだったけど、長男が行きたくないと言うし、転勤の度に精神的に不安定になるので、私も旦那も長男のために単身赴任で行ってもらうことに決めました。

私は旦那が意外と精神的にもろいところがあることがわかっているので、今までなら愚痴を聞いたり冗談で笑わせたりして、なるべくストレスがたまらないように気をつけてきただけに、すごく心配です。

今朝、次の転勤地に向かう寂しそうな旦那と、それを見送る無邪気なこどもたちの間で、すごく葛藤してしまいました。

今日は荷造り用の段ボールが届きます。

昨日は支店の皆さまからたくさんのプレゼントや、素敵なお花をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました。



パパ、頑張って。

辛くなったらいつでもかえっておいで。

この日は世間で「いい夫婦の日」なんて言われていますが、来年からは違い意味を持った日になりそうです。


去る11月22日に旦那の父親が他界しました。


本当に急でした。


お腹が痛いと自分で車を運転してかかりつけの病院に行ったら、「出血性胃潰瘍」と診断されそのまま入院してから3週間、前日は話ができる状態だったのに、次の日点滴の濃度を変えた直後、痙攣をおこして危篤状態になり、旦那も死に目に会えませんでした。


何だか疑わずにはいられない最期に、その場にいた旦那のお姉さんは今も心を痛めています。


お義父さんが亡くなってからの毎日は地獄のような忙しさでした。


昔からの家ということもあり、いろんな慣習があり、まったく旦那の実家に関与してこなかった私と、何もそういうことを知らなかった旦那とのデコボココンビでは、何をするにも親戚やご近所に教えていただいてからの作業になるため、時間もかかるし精神的な負担もすごいものでした。


喪主となった旦那とその嫁の私は、お義父さんが亡くなってからの10日間をほとんど寝る間もなく過ごしてきました。


息子たちとも全然会えず、一緒にご飯も食べることはできませんでした。


実家の両親には、本当に迷惑をかけてしまいました。


私と旦那の実家の両親は、結婚当初からいろんな確執があって、この家に嫁いだことを何度も後悔しました。

私は跡継ぎを産む道具でしかないような思いを抱き続けていました。


ほとんど旦那の実家に立ち寄ることもなく、立ち寄っても挨拶をしてすぐに退散・・・という感じでした。


その頃は、旦那の親が亡くなったら、申し訳ないけどホッとするんじゃないかと思っていました。


でも、現実に亡くなって、お義父さんの亡骸と対面したとき、申し訳なくて涙がとめどなく流れました。


あんなに大きかったお義父さんが、こんな小さな棺に納まるぐらいに小さくなっていたなんて。


とっても綺麗なお顔をしていて、お義父さんは本当にいい人だったんだなって。


お義父さんは若いころはお酒を飲んで暴れたりして家族に迷惑をかけていたそうですが、お義母さん(嫁)が難病になってからというもの、病院に連れて行ったり、炊事・洗濯・掃除すべてをしていました。


お義母さんもお義父さんがいないと生活していけないので、絶大な信頼をよせていました。


お義父さんが、私たち家族のためにいろいろとしてくださっていたこともわかったり、家を守るために一挙にいろんなことを引き受けて行っていたことなども知り、本当に偉大な人だったと亡くなってから知りました。


お義父さんは表現が苦手だったため、私にはその優しさや思いやりが伝わらず、私も理解しようとしなかったことで、まだまだいろんなことを教わらないといけなかったのにもう教わることができなくなってしまいました。


私は本当に最低な嫁だなと痛感しました。


生前には約束できませんでしたが、これからいろんなことを学んで、旦那の実家を守っていきたいと思います。


現在も横浜で、毎日深夜まで49日法要についてや、ご近所に対することや、その他もろもろについて旦那と話し合って決めています。


旦那のお姉さんとも緊密に連絡をとり、お義母さんの入院先でのことをお願いしています。


お義母さんには先週お義父さんが亡くなったことを伝えました。


お義母さん自身も、体に管がつながっている状態で、容態が安定するまでは伏せておくようにお医者様から言われました。


お義母さんはずっと「お義父さんに会いたい。」、「家に帰りたい。」と泣いていました。


ですので、本当に心配でした。


でも旦那のお姉さんからお義父さんの死を伝えたとき、お義母さんは一言ポツッと「知ってたよ。」といったそうです。


お義母さんは不思議な能力を持った人なので、何かを感じたのでしょうか?


それとも、お義父さんを深く愛していたからわかったのでしょうか?


喪主として頑張っている旦那のそばで一緒にいて思いました。


旦那と結婚してよかった。

旦那って本当にかっこいいわって。

いつもは天然でぼーっとしてるけど、やるときゃやるのね。って。。


これからまだまだ問題が山積しているけd、葬儀が終わった後の旦那は、やっぱりいつもの抜け作にもどってしまって、私が何かとサポートしないと物事が進まないため、お姉さんと緊密に連絡をとって頑張っています。


長男の嫁として、やっと自覚ができてきました。


お義父さんの生前には何もできなかったけど、これから頑張るから私の今までの言動や行動を許してほしいです。


現在はまったくハワイアンキルトはできません。


皆さんのブログを拝見していると、何だかすごく自分のとって遠い世界になってしまったような気がしてさみしくなりますが、49日の法要が終わったら、また復活して皆さんともこうりゅうしていけたらなと思います。


これからますます寒くなりますが、みなさんお体ご自愛くださいませ。


12月7日に長男が5歳になりましたが、何もしてあげれず申し訳なかったな。


クリスマスも打ち合わせで子供たちとすごくことができなません。


でも、落ち着いたらビッグサンタがやってくるよ^^


ながながとお読みいただきありがとうございました。







11月9日金曜日、パシフィコ横浜で開催された横浜キルトウィークに行ってきました。

開場15分前に到着したのに、すでに行列が!?



開場と同時に流れ込む私を含むおば様方にひひ


まずは手染めOSANAIのブースへ。

お借りしていた生地を返して、私の今までとは全く違う配色の生地の組み合わせを買いました音譜



それからマッキナでギッターマンのラメ糸を買いました。
ラメ糸以外の糸のサンプル帳やビーズも購入ニコニコ


見本帳は糸が巻いてあるタイプにも関わらず500円ですよ~
安い!!
ビーズは息子の工作に必要なので購入。


それから金亀に行って、ムラ染めを買いました。



もう帰ろうかと思ったら、目の前にムラ染めのブースが!?

今まで見たことなかったんでゆっくり物色にひひ

値段が書いてなかったので、聞いてみたら、110センチ角でなんと1000円目!?

わたしが欲しかった色があったので購入。


手染めOSANAIにように色んな色が混合してないけど、単色や2色の混合では全く差違はないです。

鮮やかなブルーやグリーンはすごくすてきでした。

110×220でも2000円ですよラブラブ

それより大きいサイズは割高とのことです。(ちなみに200×200を聞いてみたら10000円弱だそうです。安い~ラブラブ!)

お話しをさせていただいた男性が染めてらっしゃるんですが、なんだか天然で面白かったよにひひ

「ベッドサイズぐらいのを注文したら、そめてくれますか?」

「気が向かないと手が掛かるし、いつ染めるかわからない」

だって~。

こういうお人柄が、価格にも表れてるのかな。


それに比べてOSANAIさんは、「こんな素晴らしく染めた生地は、安いと誰も買わないよ」だからね。

私は安くても自分が素敵だと思えば買うよ~音譜


それはさておき、最近、自分の叔父さんが亡くなって49日を迎えて塞ぎ混んでたので、いい気分転換になりました。

だんなの父親が入院したし、なんだか嫌な感じですね。


記載した生地屋さんの情報を知りたい方は個別に教えますのでメールくださいね。

あんまり教えると手に入りにくくなるので秘密ですにひひチョキ










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