善い行いをすることはとても大切なことである。

ただし、その動機も同じくらい大切である。

 

2つの例をあげると

 

1)他人に喜んでもらうために善い行いをするのは

利他的で称賛と奨励に値するが、尊敬には値しない。

 

極端な例になるが、

お金や評価、幸福感等の報酬(なんらかの利益)を求めて善い行いをした場合

報酬に動機づけられた善い行いである。

そこに本当の道徳的価値はない。

 

2)有用性や利便性のためではなくそうすることが人として正しいから行う、

善い行いだけが道徳的な価値を与える。

 

他者を助ける動機が、単にその行動がもたらす喜びのためなら

その行動に道徳的価値はない。

しかし、他者を助けるのは人間の義務だと考え、

その義務から手を差し伸べるなら、それによって得られた喜びは

道徳的に価値がある。

 

■どんな理由であれ善い行いが人生を一歩ずつ好転させていく。

善い行いや思考が癖になれば、全ての出来事に感謝の気持ちが生まれる。

先ずは簡単な善い行いを繰り返すことが大切である。