韓国はこれらの日本の功績を全て隠蔽した


少し考えればわかることだが、朝鮮は世界一貧乏だっただけでなく、技術も資源もなにもなかったのだから日本の力なしに急成長などできるわけがない。なにもなかったのに借金だけあったから併合を望んだのだ。

木造のあばら家で雑穀を食って風呂に入る習慣も持たない土人のような生活をしていた韓国が、『たった数十年で』ビルが立ち並ぶ街に住み米を主食に清潔な環境で暮らす国際的にも豊かな国のひとつになっている。
ある意味奇跡的ではあるが、それは日本の努力によるものである。

しかし韓国政府は、
「奇跡の発展は全て韓民族の能力によるものだ」と国民を洗脳した。

もちろん上で紹介したような「貧しかった時代」のことも隠し続けている。

ちなみに韓国の道徳の“国定”教科書にしてもこのような有様である。


■韓国文教部1979年『中学校道徳』より
ウリナラ(我が国)韓国は、世界でも珍しい独特な文化を保有する単一 民族国家である。これこそがわが民族文化の優秀性を証明する一例である。
わが伝統文化を守り発展させることは、まさにわれわれ(ウリ)が日本民族や 中国民族ではなく朝鮮民族だということを自覚して、民族の主体性と 自主独立を守ることである。

■韓国文教部1990年『中学校道徳3』より
特に最近ではウリナラが成し遂げた驚くべき経済成長は、ウリナラが ことを成就させる動機が気高いことを世界に立証している。



韓国人の特徴の一つなのだが、『韓国人は韓国人を褒めちぎる』。

それは愛国教育という名の反日洗脳の下準備である。

李朝末期の朝鮮は「とにかく道が悪く、ほとんど貨幣制度もなく、 世界有数の汚く悪臭のする都市だ」と記している。

文明人なら目とを覆いたくなるような、凄まじく貧しい状況だったのである。

しかし、朝鮮に幸運が舞い降りる。

“隣人を愛するお人よし”が借金を肩代わりしてチャラにしてくれただけでなく、
自腹を切った大金を使って国を豊かにしてくれたのである。

お人よしとは言うまでもなく『日本』である。

では日本に併合されている期間の韓国の姿をみてみよう。

窓の灯り

窓の灯り

窓の灯り

窓の灯り

先の併合前の写真と比較して頂けただろうか。
まさに驚くべき発展である。

勤勉な日本人には文化と技術があった。
国が豊かになったのは明らかだろう。

1910年の併合から1945年の独立までのたった35年間でここまでの発展をした国は世界にも他にない。

では日本はいったいどんな魔法を使ったのか?

実は魔法ではない。文字通り身を切るような努力である。
たとえば、


・朝鮮が無計画な浪費で返済不能になっていた莫大な借金  (外国からの借金+国債)を肩代わりしてチャラにした。

日本の国家予算で学校などの教育機関や裁判所、上下水道、公園、 病院、警察署、道路、 水力発電所、農地、鉄道などの文化的生活
 必要な施設を作った。

・日本の金で朝鮮全土に5000校もの近代小学校を建設し、 近代教育をしてハングルを必修で学ばせた。

・日本の技術と資本により2次産業を9倍も成長させると同時に 1次・3次産業も大幅に伸ばした。

・医療と衛生環境を向上させて平均寿命を26歳から42歳にまで  飛躍的に延ばした。

人口を2倍まで増やし、その人口が全員が食べていけるほどの 驚異的な食料供給力を与えた。

・世界中のどの国も金を貸したがらない極貧後進国に、貸し倒れも恐れずに世界一安い金利で金を貸し与えた。

・発展のために必要な資金や資材などの「物的支援」だけでなく、「人的支援」「技術支援」も同時に行った。



このように日本は弛まぬ努力により朝鮮半島に“奇跡”と呼ばれるほどの 大幅な発展をもたらしたのである。

だが、韓国はこれらの日本の功績を全て隠蔽した


「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
 礼節上二階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に
 迷路のような道の「地べた」で暮らしている

 路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて
 擦れ違える程度の幅しかない。おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の
 汚物を受ける穴か溝で狭められている。酷い悪臭のするその穴や溝の横に
 好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと疥癬もちで
 かすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたき
 している。

 ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない
 広い水路を黒くよどんだ水がかつては砂利だった川床に堆積した排泄物
 塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を
 手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

 Seoulには芸術品がまったくなく公園もなければ見るべき催し物も
 劇場もない。他の都会ならある魅力がSeoulにはことごとく欠けている。
 古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく宗教にはおよそ
 無関心だったため寺院もない。
 結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある堂々とした
 宗教建築物の与える迫力がここにはない。」

 ("Korea and Her Neighbours" by Isabella Lucy Bird 
  『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』イザベラ・L・バード)