日本人として、人として

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◆北条時高は、なぜ犬公方と言われたのか

北条高時(たかとき1303~1333)は、鎌倉幕府第14代執権(1316年)。幼少のため秋田時顕や執事長崎高資らが実権を握って政治は乱れ,民心を失った。26年入道して執権を退く。33年新田義貞の鎌倉攻めで一族とともに東勝寺で自殺(→元弘の変)。

さて、北条高時は、江戸時代の将軍徳川綱吉と並んで「犬公方」というニックネームを持つが、なぜか。

ア)犬をはじめとするあらゆる生き物を愛し、憐れみ大切にすることを命じたから。

イ)闘犬を愛し、年中闘犬をやって楽しんでいたから。

ウ)犬肉を好んで食べ、犬肉を使った料理が大好きだったから。

《入試練習問題》
元弘の変(1333年)では、新田義貞が、鎌倉を攻めて北条[    ]以下を滅ぼし、鎌倉幕府は滅亡した。

☆正解はコメント欄に

◆道元

ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏のいへになげいれて、
仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、
力をも入れず、心をもつひやさずじて、生死をはなれ仏となる、
たれの人かこころにとどこほるべき。
 

 ※『
正法眼蔵 』より

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◆沢木興道

食わされれば食う、食わされなければ食わぬ。
衣類も着せられれば着るが、自分では着ぬ。
一切生活を追い求めることはしないというのが、
わしという人間の日常である。
「ただ真っ直ぐむこうを向いて行くばかり」というのが、
これまでのわしの一生であったが、今後もそうであろう。

       (注:むこう=仏道)

 ※『沢木興道聞き書き (講談社学術文庫) 』より

 ※この言葉についての私なりの解説は、
『沢木興道聞き書き』のレビュー でも触れたので参照してください。

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◆フィリップ・カプロー 

真の創造は、心からあれこれの思いがなくなり、
手元の仕事に完全に専心しているときにのみ可能となる。
自意識の重圧から解放されて仕事と一如になったときに、
はじめて超越と成就の喜びが味わえる。
こうした創造的行為のうちでこそ、直感的叡智と喜びが
おのずと働きだすのだ。


 ※ティク・ナット ハン 『禅への鍵 』序より

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◆ゴーピ・クリシュナ

私は、子供の時から慣れ親しんできた
自我に統御された一つの意識単位から一挙に拡大し、
光り輝く意識の輪となり、最大限のところまでずんずん大きくなっていった。
『私という感じ』は以前と変わらないものの、
それはもはや一つの小さく固まった存在ではなくなった。
私は四方八方の広大な次元に通達する
光り輝く意識の球体の中に包みこまれていた。


 ※『クンダリニー 』(平河出版社)より

 ※この言葉の前後を含む詳細については、
覚醒・至高体験の事例集>ヨーガ行者の場合>ゴーピ・クリシュナ をご参照ください。

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