マキオが一時帰国し、会社の事務所に来る夢。
アタシはマキオの立つカウンターに背を向け座っている。
周りがマキオにおかえりと声を掛ける。
アタシは硬直したまま、後を振り返ることができない。
何も気付かないフリをして目の前の書類に検印しようとするが、何故か目が霞んで検印できない。
奥向かい側に座っていたミカがマキオに気付き、デスクの下に置いてあったバレンタインチョコを取り出して、マキオに向かって走って行った。
二人が廊下ではしゃぐ声が響き渡る。
相変わらず仲が良いよねと周囲から漏れる。
動けないまま立ち尽くしているアタシ。
そこで目覚ましのアラームが鳴り、目が醒めた。
現実ではなくて安堵したと同時にまだこんな思いをし続けなければならないのかという虚しさが残る。
そして苦笑する。
会社、行きたくないな。
だけど行かなくては。
現実の世界に。

何度かエラーで返ってきたマキオ宛のメールは初出に
送り直した。
彼からの返信はない。
アタシのコトバを真に受ける男だし、返信を求めても、
恐らくは返せないとわかっている。
だからこのままでいい。

あの日からアタシは精神的なことも含めて自宅療養で
寝込む日が増えた。

だけど彼を冷静に見れる出逢いが昨秋にあった。
彼のおかげでもうマキオのことで泣かなくなったのは事実。
彼の存在がアタシを勇気付けた。
恋人ではない、アタシにとっては雲の上の人だけど、
マキオを忘れるには十分だった。

身体を壊している理由は別のところにある。
色んな意味でアタシは卒業しなければならないのかも
知れない。

春が来るまでに東京を出ようと思う。
マキオはもっと遠い空の下。
そこからもっと遠い場所へ行こう。
どうせ独りだもの。
恋はしばらくはいい。

マキオに恋をしたことを後悔はしていない。
後悔するならマキオに素直になれなかった愚かな自分にだ。
不器用なんてもんじゃない。
情けなくて本当に涙が出ることも多かった。

こんな自分を変えられない限り、アタシに恋の神様は微笑まない。

どん底に居たアタシを救い上げてくれた雲の上の人は、
これから先のアタシの未来に影響を与え続けると思う。
今はそれでいい。

それが誰なのかは今は言えない。
東京を出た先に居るのは間違いないけれど…。
彼を追いかけたくて出るんじゃない。

同じ風景を見続けたままじゃ、何にも変われなくなってしまう、
そんな気がするから。

今よりもマシな生き方がしたい。
自業自得に泣くばかりの自分のままで居るのはもう嫌だ。
だから変わるきっかけが欲しい。

何もかも捨てて、0からやり直したい。
もう手遅れかもしれないけど・・・。







「素直じゃない」って一番恋愛では損で不利だよね。
アタシはもう慢性的に素直じゃないし、マキオにとっては
一番厄介で可能なら関わりあいたくないであろう嫌な奴
ランキングナンバーワン確実だと思う。

占い師は10月に有志で贈り物を贈ってあげなさい、きっと
喜んでくれるからと言った。
色々な事情が重なって贈る時期は結局クリスマスに
延期されたけど、マキオはお礼と喜びのメールを部署宛に
送って来て、仕事納めの昨日、時差で昼夜逆転している
状態にもかかわらず国際電話をかけてきた。

アタシに代わって欲しいと言ったマキオにアタシは今、
仕事納めで忙しいから上司に代わりますとお礼を言う
マキオを冷たく遮り、電話を上司に渡した。

本当は話したかったけど、話せなかった。
今、アタシが置かれている環境はもう会社を辞めたいという
切迫した状態で、彼に優しく語り掛ける余裕はなかった。
上司やマドカさん、ミカの居る手前、アタシは彼には全く
興味がなく嫌悪感を漂わせている状態を演じた。

気を紛らわせるように仕事納めの後はアサコと飲みに行き、
何も事情を知らないアサコは自棄酒、自棄食いに走るアタシ
に何も言わず付き合ってくれた。

アサコと別れて、マンションに独り戻ったアタシは激しい
自己嫌悪に襲われた。
自分で撒いた種なのに、このまま今年が終わるのは嫌だと。

そして返信不要というタイトルで謝罪メールを送った。
アタシには二度と電話で取り次いで欲しいと言わないでと。
これ以上、嫌な思いをさせたくないから、仕事の依頼はメールで
くださいと。それしか彼を守る方法がなかった。
口を開けばマキオを傷つける。
どうにもならない、制御できない、泣けてくる。
だから接触しないのがお互いのため。
いつまでこんなこと続けるんだろう。

会社も我慢限界、自分自身も精神的にもう限界。
だからもう逃げるのかと言われてもこのまま逃がして欲しい。
優しくも素直にもなれない以上、どうにもならないんだから。
アタシが改心しない限り、何も変わらないんだから。

マキオからどんどん遠くへ離れていくばかり。
アタシの片思いは永遠に完全自滅型だ。
マキオが旅立って、先週身内の訃報で緊急帰国した。
通常なら連絡ルートは上司なのに、エリを経由してきた。
その後の連絡もだ。
エリはマキオと同期で、総務課所属だから、不思議ではないがアタシは違和感と嫌な予感を感じた。
そして、帰国してからもエリと一緒に居るのを見かけた。
そして、再びアメリカへ戻る今日、エリは会社を休んでいた。エリはアタシの同期のゴロウと付き合っていた。
だけど、ここ最近は二人にそういった雰囲気が感じられないとアサコも感じてた。
ミカとマキオとの間には、以前とは少し距離ができた感じ。
マキオにフラれた腹いせか、マキオが渡米してからは給湯室のことを一切しなくなった。
社長に出す朝一番の珈琲さえたてなくなった。
相手がエリなら、仕方がないと思った。
男性遍歴にだらしない上、女子社員受けも悪いミカが相手じゃなくて良かったと思った。
エリなら年上だけど、マキオの前の恋人と同じ歳だし、性格に申し分ないいい女だから。
きっと二人なら幸せになれる。アタシはいい意味でマキオを卒業できるのかも知れない。
アタシではダメだし、マキオをアタシのゴールには迎えられない。どうせ叶わないなら夢だけでも見ていたかったんだと思う。
こればかりはどうにもならない。それならアタシはマキオの幸せを祈れる自分になるしかない。
不思議なことに、もう新しい相手を探してもいいんじゃないの?っていう風が自分の中に吹いてきたのも同時だった。
一週間で2日だけ出社して、パソコン用の眼鏡を買ったからコンタクトレンズを買いたいとフジオに相談した時には、エリもマキオと同じパソコン用眼鏡を掛けてた。
この時に二人は恋人なんだと確信した。
きっと渡米前に…。
遡れば、マキオが渡米した日もエリは会社を休んでいたような気がする。
見送りに行ったんだろうなと思った。
総務課のエリの先輩でアタシの友人はマキオの渡米前からアタシを避けるようになったのも納得が行く。
そしてマキオ自身が上司の誘いをすべて断り、いつもなら上司と一緒に誘うマドカ先輩さえもがデートかもしれないんだから邪魔しないであげなよ!と遮ったこと。
マドカ先輩は知ってるのかもしれないと思った。
これだけの偶然が重なっての確信。
アタシの5年にわたる想いはこれで終止符を打つ。
アタシが前を向くように、この想いを断ち切らせるきっかけを与えてくれたのかもしれない。数々の占い師の予言はすべて当たらなかったのか?
みんなあの時に落ち込んだ状況から引き上げるためのリップサービス?
たった一人、アタシの想いは報われない、そう言った霊能者が正しかったんだろうね。
あたしはその結果を覆したかったんだと思う。
マキオ以外で自分がマキオ以上に夢中になれる人が欲しいと思った。
これを打ちながら、今にも泣きそうな自分に言い聞かせるように、あえて記録を残している。ちゃんと今の自分と向き合えるように。
じゃなきゃアタシは永遠の片想いのまま苦しみ続ける。
もうそんなのは嫌だと言ってる。
自分を必要だと思ってくれて、自分もそう思える人に出逢いたい。もう疲れてしまった。
時間は掛かると思う。
失恋には新しい恋しか特効薬がない。
合コンさえも対象年齢外になった今のアタシにはどうなんだろうね。
更年期障害が出始めて、このまま孤独な老人かな。
笑い話にもならないね。
それはあっけない別れだった。
「お世話になりました。行ってきます!」
それがマキオの最後の言葉。
なんだか出張するだけで、またすぐに戻って来そうな明るい声。

アタシは最後まで素直じゃなくて、後を振り返って見送ることは出来なかった。
振り返ってしまえば、きっと我慢できなくなって泣いてしまう。
だからパソコンのモニターを見つめたまま振り返らなかった。
後を追うように会社を出たけど、二度とマキオと会うことはなかった。

マキオが成田からロス行きの飛行機で旅立った日、
蝉が空を飛んでいるのを見た。よく晴れた光の中に。

日本時間の11日夕方、向こうは10日の深夜遅くに
マキオが現地へ到着したと、現地法人の上司から連絡があった。

もうこのチームの人間ではなくなったから、色んな書類から
マキオの名前を消して行った。
ひとつひとつ削除する度に居なくなったことを実感して胸が痛んだ。

旅立つ前の週、マキオはミカをデートに誘っていたようだ。
(ミカから誘った感じはない)
理由は同期での送別会をミカが欠席し、
「なんで来なかったんだよ!」とマキオが公衆の面前で
ミカを問いただしていたことに起因する。

いつもなら残業もせず、定時退社するミカが、
その日に限って事務所でマキオを待っていた。
そして先にミカが事務所を出て、
慌ててマキオがミカの後を追うように事務所を出て行った。
少しして事務所を出たけど、いつもならロッカーでダラダラと
着替えて出て来るのに、ミカと二人の姿はすでになかった。

翌日、日付が変わって帰宅したとマドカ先輩にマキオが話すのを聞いた。
ミカは休んでいた。
デスク整理が間に合わず、結局渡米前日まで出勤したマキオ。

ミカに、「マキオ、最後だから今の内に挨拶しときなね」
そう声をかけると、
「あ、はぁ」と、なんだか気の抜けたような返事。

給湯室へ洗い物をして出てきた後もいつもならどちらからか、
特にマキオからミカに話しかけているのに、接触がない様子。
推測に過ぎないが、酔った勢いでマキオがミカに迫り、告白して、
ミカが断ったのではないかと思った。
その逆も考えたけど、今までの二人の行動を見る限りでは、
マキオがミカに迫ったんだろうなと思う。
いずれにしても、なんだかお互いに距離を置いている感じがした。

それでもアサコからは、
マキオがアサコに挨拶廻りの際、
「アメリカに来る時は遊びに来てください。案内しますから」と
言われて、その時、一緒に居たミカが「遊びに行こうと思ってる」と
言ってたと聞かされた。

だから二人の間では充分別れを惜しみ合ったのだし、
すでに余裕な態勢だったとも取れる。

マキオが居なくなった後に、アタシは初めてシチューを作った。
もう作らないでいよう、というか、暑くなってきたのもあったし、
マキオの渡米前、自分のお弁当さえ作る気力がなかった。

だけど、マキオが渡米前に研修したいくつかの部署で
色んな人に話してたみたい。
「りぃこさんの作るシチューは本格的で、僕が今までに食べた
シチューの中では一番美味しい」と。

噂が噂を呼び、マキオの残した言葉で会社のメールに
問い合わせが入って、自分も食べてみたいと言われることが
増えた。
そして、マキオの渡米後すぐに、シチューを作って欲しいと、
3人の人から一度に言われた。

マキオの渡米一週間前から体調も悪くて、乗り気ではなかったけど、
最も嘘をつかないので定評のあるマキオの渡米先の上司から
先述のマキオの言葉をもらって、昨夜作った。
作りながら、もうマキオに食べさせてあげることはできないんだなぁ…
と思うと切なかった。
数年前からテロ対策もあって、国際宅急便で送れない対象が増え
食品関係は厳しくなった。
だからアメリカへ作ったシチューを送ることはできない。

途中で気持ちが何度も折れそうになって、マキオ以外の人の為に
シチューを作ってるアタシは一体何なんだろうって、自問自答した。
マキオが美味しいと言って食べてくれるのが嬉しかった。
君が居なきゃ、こんなに沢山作っても意味がない。
誰かに話す程、アタシは君に余韻を残せたのかな。
ミカに勝てたかな?
複雑な思いとは裏腹に、完成したシチューは最高の出来だった。

マキオ、君は一体、何人の人にアタシのシチューのことを話したの?
こんなことになって、迷惑だと思う反面、君はアタシのシチューを
認めてくれてたんだね。

アメリカのマキオのボスがこの春に一時帰国して、
マキオがアメリカへ出張した時にシチューの話を聞いたと
話しかけて来た。

始めは社交辞令だと思ってたけど、ここまで依頼が来ると、
シチューだけは自信を持っていいのかなと思えてくる。
それさえも打ち砕かれたら、アタシがミカに勝てるものなど何もない。

アサコに何度となく打ち明けようとしたけど、
ミカとつながってる以上、やはり話せない。

ミカが居る以上、アタシが落ち着くことはない。
これからは第2章の始まりに過ぎない。
それも今までは目に見えていたことが、
これからはミカがマキオと陰で接触してても分からない。

二人はミクシィでもつながっているし、
これからはSkypeで繋がることができる。
断然ミカが優勢だ。

この連休を大掃除で気を紛らわせながら考えた。
悲しくてもお腹は空くんだね。
諦める? それともミカと戦う?
形勢不利なままで。

色んなものを犠牲にしても、それでもいい?
美しい声と引き換えに人間となって王子様に会いに
行った人魚姫。
想いが叶わず海の泡と消えた人魚姫。

何もしないまま泡になるより、犠牲を覚悟で前に進む?
彼が居なくなって今までやりたくてもできなかったことを
しようと思った。
ただ待つだけ、想うだけじゃ苦しいから。

5年間の自由を、苦しまずにすむ時間を得たと思って
思うが侭に生きればいい。
エステに通ったり、習いごとを始めたり、旅行に行ったり
マキオが居なくても生きていける自分に、強い自分に
なるために。

彼に似た人影を見るたび、苦笑する。
アタシがそう想うようにマキオが同じように想っていて
くれたならと思うけど、マキオは恋人じゃない。
マキオが追いかけてきてくれるようなアタシになりたい。
ミカではなく、アタシを選んでくれるような。

今のアタシじゃ、ダメなんだから。
シチューだけじゃ、マキオの心は捕まえられない。
だからアタシが変わらなきゃいけない。
アタシはアタシを信じられるように…。
忙しい一日だった。
マキオはデスクの身辺整理をしてた。
合間にアタシの仕事を手伝ってくれた。
終業時間、いつもならミカがさっさと帰って行くのに、今日はデスクに居て、一向に帰る気配がない。
マキオを待っているのだと嫌な予感が走った。
やがて7時になり、ミカが事務所を出て、それを追いかけるようにマキオが慌ただしく事務所を出て行った。
いつもならダラダラとロッカーに居て、会社を出るのに、今日はアタシが少し遅れてタイムカードを打刻しに行った時には二人の姿はなかった。
明日は最後の出勤で、恐らくはマキオが身動きが取れないだろうから、今日を選んでミカがマキオをデートに誘ったんだろう。はっきり言って、アタシの状況は不利だ。
それでも、アタシは信じたい。自分が最後に出来ることをやろう。
その為に、アタシは凹んでる場合じゃない。
内心は新幹線で占い師に助けてって、叫びたい位、激しく動揺してる。
だけどそんな弱い自分を奮い立たせて、やらなければならない。
諦めないって決めたんだから、このまま貫き通すって、決めたんだから、だからこんなことで押し潰されてたらダメなんだから!
必死で泣きたい思いを押し殺す。
アタシは諦めない、最後の最後まで絶対に諦めない、ミカがいようが、そんなの関係ない!
アタシのマキオへの想いはアタシだけのものだ。
ミカがマキオに告白しても、それでマキオが彼女に応えたとしても、単にアタシは選ばれなかっただけ。
アタシは自分でこの恋に決着を着けるまではこの想いを誰にも邪魔はさせない。
そう自分に言い聞かせなきゃ泣きそうだ。
前に進めなくなる。
だから自分の想いを信じるの。もうこれが最後のチャンスだから!
マキオの渡米がアタシにとってチャンスだと信じたいから。

苦しくてもうダメだと何度も挫折しては、今まで這い上がって来た。
もういいじゃんって投げ出したくなったことなんて数え切れない。
誰にも相談出来なかった訳じゃないけど、彼等ではドン底に突き落とされたアタシを這い上がらせるだけの力がなかった。

だからマキオとミカのことを知らない占い師の所へ、新幹線を使ってネットカフェで泊まって翌朝の始発で引き返して会社に行くことになっても、アタシは再び這い上がる力を取り戻す為に通った。

この諦め切れない想いを信じる希望が欲しかった。
この想いを生涯貫くだけの強さが欲しかった。
世界中の人間全員がノーだと言っても、叩きのめされても、この想いを抱くことを赦して欲しかった。
アタシの人生がそれで失敗して、結婚はおろか閉経してオンナでさえなくなって、世間で言う寂しい御一人様のままで枯れて土に還ったとしても、これはアタシが決めたことなんだ、後悔なんてしない。
誰のせいにもしない。
きっと片思いに終わって時間の無駄だと笑われても、アタシにとっては宝物だ。

占いジプシーって、アタシみたいな人のことを呼ぶらしいんだけど、アタシを絶望の淵から這い上がらせてくれるなら、なんと言われてもいい。
嘘やおべっか、リップサービスは抜きで、本当のことが知りたかった。

今回は、本当は、もう諦めるけど、今まで支えてくれてありがとうって、そう伝えるつもりで新幹線に飛び乗った。
だけど、言わせてはくれなかった。言えなかった。
その占い師さん、辞めちゃってたから。

新幹線で折り返すには遅すぎて、代わりの占い師を指名した。彼女にすべて託そう、例えどんな苦しい結末だったとしても、感謝して終わらせよう、そんな気持ちでいた。

仙人のような独特な力強い口調で話す彼女に圧倒された。

「彼の渡米は貴女にとってチャンスで始まりだから、諦める必要に非ず」
「彼にとってミカは簡単にヤれるオンナでしかない、貴女とは比べる格が違う」
「彼が渡米することでミカだけでなく、彼の周囲のオンナ達は一人ひとり切れて脱落していく、他の身近なオトコに目を向ける、誰も残らない、だから安心するがいい。赴任先で待ち構えているのは老人か子供。恋愛に発展する対象がいない」
「彼と貴女には人間的絆がある。オトコとオンナだけの関係だけが絆に非ず」
「気楽な女友達を目指すべし」「あわよくばはなきにしもあらず。ゼロじゃない。結婚には至らなくても貴女の人生に花が添えられるだけでも良かろう」

カードなどのツールは一切使わず、ただ一室の空間で占い師と二人で話している。
名前と生年月日を書いた紙を見て、マキオやミカの性格傾向を時に毒舌に言い当てた。

別れる時にはアタシが抱えていた苦しみが消えていた。
渡米することを喜ばなければと必死で言い聞かせようとしてきたアタシ。
ミカとの関係に苦しんで、見ているのが辛くて自らの異動さえ望んだこともあったのに、いざマキオの渡米が決まって、その日が近づくにつれ、行かないでと声にならない叫びを上げていた。
それが彼女の言葉で心から見送ろうという気持ちに変わった。
彼女に観てもらって、気持ち的には充分だったけど、歯に衣着せぬ口調ではっきり言ってくれる占い師の所へはしごした。
5年間という時間を老いと戦いながら、この想いを貫くには、この予言がただのリップサービスではリスクが高すぎる。
疑うのではなく、アタシはこの想いを信じたかった。

もうひとりの占い師はほぼ同じことを言った。
今年、来年の10月と1月にアタシをマキオは強く意識することになる。
マキオはアタシを自分のお気に入りの1人として愛情を持っているが、自分から言ってはこない。年齢差から責任を意識すれば、好きなんだけどちょっと…という状態らしい。

マキオはミカに惹かれる相性で、過去に好きだったが、マキオの中では、彼女にどこか疲れる面を感じて今は終わってしまっているらしい。ただミカの方はマキオが物足りないと感じながらも相当好きで、マキオから好きだと言ってきてくれないかと待っているのだと。

マキオは渡米しても、仕事上での関わりは続くし、ミカとの縁が切れても、アタシとは何らかの形で繋がっていたいらしい。嫌いじゃないし、むしろ尊敬している。人間的な愛情を抱いてる。

赴任先で辛くなった時にアタシが支えることで、アタシを強く意識するようになる。
ただ元々モテる上、周囲のオンナ達が放っておかないので、辛い時期を過ぎれば、アタシへの愛情も一時的なものに成りかねない。
だからあまり期待してもらっても正直困るけど、全く可能性がないわけではないと、この占い師も言った。

5年間という時間をかけて束の間の恋愛を貫く、それでもいいと思った。
今すぐこの想いを捨てることなんて、アタシには到底無理だったんだから。
もう5年目、マキオを好きになって。後5年間で10年。

初めての恋人を忘れるのに12年間かかった。
待つのは昔から苦じゃない。
アタシの肉体への老いは待ってはくれないだろうけど、マキオの為に、アタシ自身の為に、可能な限り努力したい。

下瞼の皺が、白髪が、身体の贅肉が老いを自覚させる。
生理の血が少なくなっていくにつれ、オンナでなくなっていく。
マキオが戻ってきたらアタシはオンナでなくなって、正真正銘のオバサンになっている可能性は高い。

それでも、この恋に生きる。
生きたい。
諦めて後悔する位なら、泣いたって貫く方がいい。

自分から本当に諦めようと思える時まで。
好きでいられなくなること程、辛いことはないから。

彼の為に、輝き続けられるように、そう願いつつ、努力は惜しまず、生きていきたい。

最後の恋にする覚悟で、アタシはここで決意表明するよ。


金曜日の夜はマキオの送別会だった。
マキオの後任で新しく入った人の歓迎会を兼ねてたから
マキオとその人が主賓席に着き、ミカはマキオの真向かいに
ちゃっかり座っていた。
マドカ先輩が一緒に写真を撮ろうとマキオを誘ってとっさに
アタシは避けた。
思い出なんかないほうがいい。
増えれば増えるほど辛くなるだけだから。
できるだけ関わらないようにしてた。
二次会はごく親しい人間か部内の人間しか残らない中に
ミカが居た。

その時点で嫌な気分になった。
一次会で帰れば良かったと後悔した。
上機嫌で酔いつぶれている上司がタイムリミットをすぐに
迎えたので、アタシは泥酔した上司を新宿まで送り届けて、
そのまま帰った。
カラオケボックスで30分も過ごさぬ内に歌うこともなく上司を
引っ張って最寄り駅まで向かった。
だけど後悔していない。

あのままあの場所に居ても、マキオの隣にちゃっかり座って
デュエットしたり、いちゃつくミカとの2ショットを見せられて
きっと辛かったと思うから。
帰りも2人は同じ沿線で二人きりで帰る。
次の週も2人は同期の送別会をする。
部内の送別会はマキオの先の予定が渡米準備と送別会で
全て埋まっているため、これが最初で最後だった。

来月の蝉が鳴き出す前にマキオは渡米し、5年間は帰って来ない。
アタシは最後の最後までミカに負け続けた。
どう頑張ってもアタシは素直にはなれないままだったし、ミカには
到底かなわなかった。
だからあの場を上司を連れて逃げ出したのだ。
最後に二人を見て嫌な思いを残して終わるなら、逃げてしまえばいい。
そしたらもうこれ以上、何も見なくていい。

マキオの最後の出社日もアタシは外せない予定があって早退する。
とことん歯車が合わない。
情けなさ過ぎて涙も出ないようでいて、泣きたくて仕方ない。
そんな思いで上司を送り届けた後に帰りの山手線の中でマドカさんと
マキオに報告だけメールして帰宅、化粧も落とさずにそのままベッド
に潜り込んだ。
もう何も考えたくなかった。

土曜の朝、腹痛と共に目が覚めた。
1日中食中毒のような状態が続いて何も出来なかった。
昨日、上司は懐中時計を忘れていなかったかとマキオから
メールがあったが、忘れてたなら休み明けに返してあげればいい
と返事しただけ。
そして今は無気力な状態が続いている。

マキオが関心があるならとうにアタシに接触してる。
それがないのはマキオはアタシではダメなんだってこと。
ミカのところへは用がなくても自分から近づいていってた。
それが答えなんだから。
アタシは一度振られてもう終わっているんだから。
それにアタシの想いにマキオが答えてくれたとしても
アタシがマキオに応えられないってことも。

そこまでわかってても引きずるのは、ミカだけは絶対に
嫌だって思ってる自分が居るから。
人のモノばかり奪ってきた彼女にだけはマキオは渡したくない。
アタシはオトコが悦ぶような態度や行動、言葉遣いや仕草を
心得ていても、それを武器のようにあからさまに使うことは
できない。それが惚れた男なら尚更できない。

過去に某SNSでそういう自分を演じたことがあったが、
オトコという生き物がここまで単純でバカなんてと呆れたこと
があった。そしてそういう計算が出来るオンナが世の中で
勝つのだとわかっていても自分はそうすることを拒んだ。
それができるオンナをどこかで羨みながら嫌悪してきた。

ミカの恋人がマキオではなく他に居るなら、ミカのマキオへの
態度や行動は不自然。
マキオがミカに好意を持っているのは観ていてわかる。
あんな態度に騙されてと怒りを覚えたって、マキオがそれでも
いいんなら、関係のないこと。

もう一人の自分がもういいじゃん、もうすぐ居なくなるんだから
って言ってる。
早く楽になりたいって思ったことなんて数え切れないくらいある。
それでも執着し続けたのは、マキオを嫌いになれないアタシが
居たから。

自分のものにしようなんて思い違いもいいところ。
アタシは40をとうに超えたオバサンで、マキオとは一回りも違う。
どんなにメイクや美容ドリンクで老いをごまかしても、ミカと
同じラインには立てない。
マキオとの時間の溝を埋めたくても埋められない。
これだけはどうにもならない。

アタシがマキオのDNAを遺せる確率は限りなく低くても、
ミカならそれができる。
子供好きなマキオのためにそれができる。
どんなに嫌悪したってミカには敵わない。

縁がなかった、ただそれだけだ。
マキオ、アタシはもっと早く君と出逢いたかった。
そしたらこんなに苦しむこともなかった。
こんな惨めでみっともない生き方をすることも。
そんな泣き言を言ってるから選ばれもしないんだ、
アタシは。

自分が招いた結果なんだと認めて前に進むしかない。
どれだけ自分が腐った生き方をしてきたのかを認めて。

これを読んでいて、もしもアタシと同じような思いで苦しんでる
人が居るならその人たちに言いたい。
恋ってのは犯罪じゃない。
例え世の中でこんなアタシみたいな奴がオバサンの老いらくの
みっともない恋だと嘲笑われても、人を想う気持ちは尊いもの
なんだと。
それだけは胸を張っていえる。
醜い嫉妬の感情も、綺麗事では成り立たないことも何もかも
ひっくるめて恋なんだと。

だからマキオに恋したことを後悔はしていない。
体調不良と嘘をつき、会社を休んで向かった先は神戸。
占いジプシーは止められそうにない。
ミカにはマキオ以外に好きな人が居るが、マキオのことも好き。
今は付き合ってないけど、マキオが将来的にミカのことを好きになる確率は高い。
結婚の可能性はないとは言えない。
ただ一緒に渡米はしない。
結婚はしないと思う。
今すぐ結論が出る関係ではない。
アタシが入り込む余地はある。来月、2月のバレンタインデー、4月にチャンスはある。
告白すればマキオはアタシを受け入れてくれる。
時間はかかるが。
異性として気に入っているのだから。
被害妄想が激し過ぎ。
と最後は怒られた。

諦めたくないのならそれでも
立ち向かうしかない。
自分と未来を信じて。

チームの仕事が忙しくなって、この秋にやってきた
派遣社員のエツコ。
派遣歴も長い経験者だというから採用になったが蓋を開け
れば問題多発で頭を抱える存在に。
中でもユキコさんはじめ周囲が驚いたのは、相当な噂好き、
詮索好きだったこと。

案の定、マキオとミカの関係に食い付くのも早かった。
「二人きりで居るのを頻繁に見かける」
「アフター5に待ち合わせの約束してた」
「会話がカレカノ」
「有給が重なる日が多い」
「きっと来年早々には結婚してさ、アメリカに連れて行くんだよ」

この爆弾をエツコが来たときから良く思って居なかったミカ
に話した。
「付き合ってるんなら気をつけた方がいいよ」
「エツコ、いろんなとこからチェック入れてるから」

アタシにしてみれば、釘を刺した。
見せ付けられるのは正直もう限界だったから。
せめていなくなるまで見ないで済むなら
これ以上見たくないし。

それでもミカはマキオにも給湯室でこのことを話してネタに
笑ってた。
ミカは「絶対付き合ってませんから」と断言した。
そして「エツコさん、マキオのことが好きなんじゃない?」
と言い出した。

一瞬冗談で思っちゃったけど、考えてみたらエツコ、アタシより
更に上でバツイチだしそれはないんじゃないの。
彼女にしてみたらマキオが邪魔みたいだよ。
マキオが居たら自分のポジションなくなるから困るって
言ってたし。

だけどミカは恋愛感情があると思うと言い切った。
確かに二人のスケジュールをチェックしたりするあたりは
そうかなと思うけど、まぁアタシがマキオを好きなんだし、
ないとは言い切れないよね。
ミカが言う「絶対」もそうだけど。

そうしているうちに仕事面でユキコさんとエツコが何かと
対立するようになり、とうとうもうやってられないとエツコが
言い出した。
マキオが渡米するまでにエツコが契約解除するかもしれない。

それをミカに話したら、早く居なくなって欲しいと言った。
だけどもしマキオに恋愛感情があるなら、ホスト並みに
マドカ先輩まで躍らせるたらし発言の多いマキオに
ちょっとエツコを慰めにかからせたら、何があっても辞めずに
頑張るんじゃない?と返したら、黙り込んだ。

エツコはマドカさんより若いけど、見た目は50代。
決してかわいいとか美女の部類にも入らないし、体系も
スレンダーでもグラマーでもない。
どこにでもいる普通の噂好きのオバサンだ。
別にマキオが惚れてミカを捨てるとは思えないけど、ミカに
とってはマキオとの関係を常に嗅ぎまわられるウザイ存在。
そういう意味では脅威だろうね。

アタシは今回のことでエツコの存在を喜んでは居ない。
聞きたくもない二人の仲睦まじさを二人を知ってまだ浅い
彼女の口から、知らなかったことまで、知りたくもなかった
ことまで聞かされる身になって欲しい。
いくらエツコが詮索好きでも、短い期間で二人の関係が
カレカノだと疑うということは、アタシじゃなくたって、第三者
が疑ってもおかしくないほど仲がいいってことを証明してる
ってことじゃん。

そんな話、聞きたくないよ。
必死で諦めようとしてるのに、もうこれ以上追い討ちで
傷口えぐられるような思いをさせられるなんてさ。
だからとんだ刺客が入って、とばっちりで返り討ち食らった
気分だよ。

仕事でもさ、極力マキオと接触しないようにしてるんだよね。
関わるとアタシが辛いから。
わからないことがあって、マキオが良く知ってる分野だって
わかってても、わざとフジオに聞く。

それなのに話聞いてて近づいてきて教えてくれたり、この
前も他部署に仕事の協力頼んだときに、たまたまその場に
いたマキオがどこからか現れて、アタシの仕事手伝って
くれたり。

給湯室に来たら的を得ない訳のわかんない質問するし。
アタシはキミのグーグルじゃないよ、
だからさ、もうアタシに何でも聞くのはやめてね。
来年の年賀状にはそう書こうと思う。
アタシはキミのグーグルを卒業したいの。

グーグル以上の存在になれないなら、
ミカを超える存在になれないなら、
キミにとってアタシはゼロでいい。
もう君を想って泣くのはイヤ。
ミカを前に苦しむのは疲れた。
だからもう優しくしないで、マキオ…。