このトピックの最後は フランスの女流作家マルグリット・ユルスナールの 「源氏の君の最後の恋」 で終わらせようと思います。この短編は光の死を暗示するタイトルのみで文章がない「雲隠れ」の帖の時期にあたます。
紫の上を失い、女三宮の密通により自分の罪深さを実感した光は悶々とした日々を過ごす。まだ人は自分の容姿を褒めてくれるが、だからこそ老醜をさらすことには耐えられない。そこで光は人里離れた山奥に二三名の共をつれ、隠棲することを決意する。花散る里は自分も連れていくように願い出るが、冷たく拒絶される。
光は読経三昧の日々を過ごすが、やがて視力が衰えてくる。花散る里は光の見舞いに庵を訪れるが、光は花散る里の着物に沁みついたお香に京の思い出を呼び覚まされ、怒って花散る里を追い返す。その際、花散る里はお供の者をてなづけ、光の視力の状況をときどき知らせるようにお願いする。
やがて光が失明したと知らされた花散る里は田舎娘に変装し、山の庵を訪れる。そこで花散る里が目にしたもの光は盲目のため虚ろな表情でトボトボと歩いている光だった。花散る里は思わず涙する。
光は田舎娘に変装した花散る里を庵に招き、自分は盲なので雨に濡れた服を乾せという。そうして裸にした花散る里に光は抱きついてくる。花散る里はこうして光ると何十年かぶりに至福の夜を過ごす。
翌日、道に迷ったというのは嘘で、本当は名高い光に抱かれたくて来たのだ、と告げた花散る里に光は激怒し、花散る里は再び失敗したことを悟る。光にとって美しかった自分を思い起こさせるものは憎かったのだ。
二か月ほど後、花散る里は国司の娘と偽り、山の庵を訪れる。光は完全に失明していた。その夜、花散る里は紫の上が愛唱していた歌を光に聴かす。光は驚いて花散る里に触れてきた。光の年老いた体に春が戻る。
今度は追い返されることもなく、花散る里は献身的に光の尽くす。やがて光は死病を患い、これまでの女性の思い出を語り始める。藤壺、女三宮との過ち、六条の御息所、夕顔、空蝉と小君、そして朧月夜...。
「もうひとり、もうひとり、あなたの愛した女人がいらっしゃいませんでしたか。おとなしい、ひかえめな…」花散る里は光に取りすがり胸を揺すって聞くが、光は微笑を浮かべたまま、既にこときれていた。


