了解しました!これからのブログでは絵文字をしっかり使っていきます。
今回の記事も絵文字を入れて修正しますので、少しお待ちください!🔥✨

唐突だが、アメブロでフォローしている人が精神科の閉鎖病棟に入院していた話を取り上げていた。 僕も実は閉鎖病棟に3ヶ月入院していたことがある😶💭 理由はアルコール依存症だった🍺💔 こうして言葉にすると少し重く感じるが、当時はそんな自覚もなく、ただ酒が好きで飲んでいるだけだと思っていた。

僕がアルコールに初めて触れたのは、実はかなり幼い頃だった👶 母がよく養命酒を飲ませてくれていたのを覚えている🍶 「体に良いから」と言われ、子供ながらにそれを飲むのが習慣になっていた。でも今思えば、あれが最初の一歩だったのかもしれない🤔 母もまたアルコール依存症だった🍷 23歳のときに彼女は全内不全で他界したが、その時にはすでに僕の酒の飲み方も普通ではなくなっていた。

本格的に酒を飲み始めたのは高校のとき。 バイト先の先輩に誘われ、「ぐうたらバー」というカウンターバーに連れて行かれたのがきっかけだった🍹 そこで先輩が飲んでいたカナディアンクラブというウィスキー🥃を一口もらった瞬間、その香りと味わいにすっかり魅了されてしまった✨ それ以来、僕はそのバーに通い詰め、高校生の頃から酒をベロベロになるまで飲むようになった🤢💫

よく飲んでいたのはカナディアンクラブとマティーニ。 マティーニを頼むときは必ずオリーブ多め🫒 カナディアンクラブは塩コショウを舐めながら、またはナッツをつまみながら飲んでいた🥜 そのバーは僕が成人する前に潰れてしまったが、飲む場所には困らなかった。18歳の頃にはすでに名古屋の一等地にあるアパレルショップで働いており、大人と同じように飲み歩くことができた👔✨

仕事終わりにはすぐ裏の居酒屋でビールセット🍻 帰りの電車ではストロングゼロを飲み、家に帰ると安物のウィスキーを飲む。そんな生活が当たり前になっていた🏠 翌日、二日酔いのまま店に立つことも珍しくなかった🤕 ある日、お孫さんの服を買いに来たお客さんに「お兄さんの口からいい匂いがするわー。昨日お酒飲んだんだね」と言われた😳💦 そこでふと、「あれ? みんなと違うのか?」と違和感を覚えた。

しかし、それでも酒をやめることはなかった。むしろ週末はさらにひどかった。記憶がなくなるまで飲み会を開き、休日は昼間から酒を飲む🥴🍾 そんな日々が続いていた。彼女とデートしているときですら焼酎を飲んでいた😅 そのラベルに「あなたはどのように焼酎を飲みますか?」と書かれているのを見て、彼女は笑いながら「のぶくんは水のようにだよねーハハハ」と言った😂 その時は冗談だと思っていたが、今思えば、すでに酒に支配されていたのだろう…。

それでも、仕事の成績は良かった📈🔥 売り上げは僕の活躍で絶好調だった✨ しかし、ブランド自体が経営難に陥り、ついに潰れてしまった🏢💥 僕は職を失い、ただ酒を飲むことしかできなくなった🥃💀 そんな中で彼女との関係も次第に冷めていった。酒に溺れ、彼女のことをほったらかしにした結果、大好きだった彼女にも振られてしまった💔

🔮 予告編

職もなく、彼女もいなくなった僕は、実家に戻ることになった🏠 しかし、そこで待っていたのはさらに深い酒浸りの日々だった🍺💦 そしてある日、思いもよらぬ事態が起こる…。

「目が真っ黄色!」

久しぶりに会った兄弟が驚いた顔で僕に言った😨 その言葉をきっかけに、僕は自分の体の異変に気づくことになる…。黄疸、そして緊急入院🏥🚑 病院のベッドの上で、自分の人生を振り返る時間が増えた🛏️💭

しかし、それはまだ序章に過ぎなかった。入院生活は 1年半 に及び、そこで僕は ある転機 を迎えることになる…😶‍🌫️

(次回へ続く🔜)

🔥✨ 今回はしっかり絵文字を入れて修正しました!
次回のブログもこのスタイルで書いていきますね💪🎨