寝起きですること
たちどまって様子みる
見てるこっちを見むきもしません。
この前、アイシネマでゲンスブールを見たときに
このチラシを見つけて気になったまますっかり忘れてました。
ブログを見たら上映中!16日まで
ぎりぎりセーフです。
ドキュメンタリー映画 『無言館』
戦争中に亡くなった画学生の慰霊美術館が長野県にあるそうなんです。
山の中の美術館がすてきそうでした。
内田先生の講演で『戦後』の精神についての話を聞いてから
戦前、戦中、戦後
という区別についての意識を、はじめて持ちました。
戦争っていうものは歴史の一部として、自分と切り離してしか考えられませんが
自身の祖父母しかり、戦中を生きてきた人がここにも生活していて、
のんきな自分もここいます。
続いているっていうことは、意識しないと忘れてしまいますね。
戦前から美術にうちこみ、わけもわからず戦争が始まり、
そのまま帰ってこれなかった画学生。
想像がおいつきません。
「無言館」という名前、なんだか物々しいな~と思っていましたが、
色んな意味を聞きました。
画学生自身、もう語ることのできない『無言』
残された画を見る側が、『無言』にならざるをえない。
なるほどです。
映画の中の絵になんともいえない迫力をかんじました。
このブログもそうですが、見てかんじることをうまく伝えたいけど
それを語る言葉が、頭の中に見つかりません。
自画像の目、見てたらなんかすごいんです。
風景の光がやわらかくてきれいなんです。
画中の人物がすごく温かそうに思えいます。
これって何を思いながら書いてたんでしょうね。
伝えたいことを言葉に出来ないときって『無言』になります。
『無言館』っていい名前だなぁ。
色々言う前に、いっぺん長野に行って見てみないとね!!と思いました。
最近の自分にも「無言」の精神をもう一度。
11月、松山のコミュニティーセンターで
内田樹さんの講演会に行ってきました。
伊丹十三賞を受賞された記念講演です。
伊丹さんが好きなうえに、内田樹先生が講演するなんて
棚から牡丹餅が二つです。
こう言ってはなんですが
けっこう内容は気にならなくて
題材が伊丹さんということと、
初めて内田先生にお目にかかれる!
というだけで光栄です。
本で、勝手なイメージができあがっていないかドキドキしましたが、
実際に動いて話している内田先生は、せっかちそうな、するどそうな
本とおなじように温かいかんじと人間味がにじみ出ていました。
会場にいたことで大満足でしたが(牡丹餅二つですし)
最後にお会いできて握手までできました。
先生の手に触れた瞬間
ひやっとした手の柔らかさに驚いて、驚きすぎて
「ふぁ、ファンです」
とだけ、なんとか発することができました。
われながらマヌケです。
とっさのときってこういうもんですね。
内田先生は、本の書いていることに愛があって大好きです。
でも、人間って、言葉や字だけもいいけど
声でも、目でもかんじとることがもっといい。
そして手で触れて肌で感じれるっていうのはなんともいえないですね。
『人間味』ってやつでしょうか。
肌で味わえたかな。
いい体験ができました。
ねむいです。
今日は回帰月食でした。
11時ごろ外に出たら、タイミングよく見ることができました。
私は朝型人間なので、真っ暗闇はなんとなく苦手で、月が明るい日はほっとします。
夜に考えることは、朝とちがって、ぐずぐずしがちなので、
あまり書かないようにしてますが、
たまの回帰月食ですし調子にのって書いてしまお!
楽しいときの後はなぜかふと不安になることがあります。
(それは自分がしっかりしてないからね)
周りの人たちを見てて、自分の基盤をもってしっかり自分の道を生きていて、
すごいなぁと思う今日でした。
そんなときはお風呂にもぐって息をぼこぼこはいてみます。
目をつぶってぼこぼこの音は聞こえます。
(こんなことできるんだから幸せです)
光がない夜は、正直超こわい。
少しでも光があるとぜんぜんちがいます。
『暗闇』の字を見てたら中に『音』が2つもありますね。
聞こえる人は耳をすまして聞けばいいのか~てことかなー?
写真は光の魔術師フェルメール!
魅力的。
これだけの光を表現する人は暗闇もたくさん知ってるんでしょうかね。
わからないことがあるってことは魅力的な気がします。
それにしても、なかなか素直になれないのです。
来年は、やるって言ったことちゃんとがんばれ!私!
がんばりますって言ったからにはがんばります。
んーねむい