いつもより、
少し早くに出かけた病院。

ナースステーションで挨拶をすると、
良くして下さっていた男性看護師が
ちょっと状態が悪いですと
教えてくださる。

病室の外にいた看護師からも、
同じようなことを聞く。

ただ、
このときはあまり深刻には
感じなかった。

入浴準備を、
調子が良くないからと
早めにしてもらっていて
掛布団の下で父は裸だった。

「おはようお父さん」と
声をかけるが返事はない。

毎朝確認する爪先は、
今まで見たこともないような
濃い赤紫のチアノーゼでドキリとした。

指の爪は大丈夫。

入浴は辞めてもらい
母と私も加わって清拭をした。

パジャマを着替えさせてもらい、
部屋をでる看護師を追いかけ
病室の外で母も一緒に説明してもらった。

なんとも言えないけど、
状態は良くないと。

ただ、今すぐというほどではないが、
元気なうちに会ってもらうなら
連絡をと。

迷ったが、
ダーリンと叔母たち、
子どもたちに連絡した。
叔母たちには、
そう急ではないようだから
ゆっくりでいいよと言った。

私も、まだ時間はあると
このときは受けとっていたから。

連絡を終えて父の傍に戻り
父の手をさすっている母の隣に行って
もう一方の手をとった。
ふと振り向くと
父が息をしていない!

「おとうさん、おとうさん」と
肩を揺さぶる。

呼吸が再開した!

いつの間にか、
看護師が来ていて
「いよいよお旅だちのときです」
と声をかけられた。

まさか!

と思い父の顔をみる。
「お旅立ちです。手を握ってあげてください」
看護師がいう、

一瞬、
父の呼吸が乱れる。

母が右手を、
私が左手を握り
胸の上から右肩を抱いた!

「おとうさん、よくがんばったな。
    えらかったな」
「おとうさん、ありがとう」
「おとうさん、今までありがとう」
「お母さんのことは、私が守るから
   大丈夫やに」
そういうと
息が止まった。
「おとうさん!」肩を揺さぶるように抱く。

少し間があって、
父は、口から深い息を2度吐いた。

それが父の最期だった。


「お旅立ちになられました」
看護師がいう。

「モニターを確認して
    先生をお連れしますね。
   しばらく、離れます」

そう言って病室を出ていかれ、
父と母と3人になった。

ぼんやりと父の顔をながめる時間ー

「おとうさん頑張ったに。
    しあわせやったに」
と母がいう。

主治医がみえて、
「10:25分です」
と言って黙祷される。
「おとうさん、待ってはったんですね」
と言われた。

私は思わず、
「こちらの病院にお世話になって、
    再び、また言葉が聞けたり、
    頷いてくれたり、
    父の反応が見られて本当に嬉しかったです。
    ありがとうございました」
と、伝えた。

とにかく感謝の気持ちで
いっぱいだったのだ。

スタッフの方全員、
私たちが毎日父の元を訪れていること、
私が今夜は止まらなくても大丈夫か
よく聞いていたこと、
などから、
みなさんで絶対に兆候を見逃さず
早めに連絡しようと申し合わせて
くださっていたのだと
数日前に伺ったところだった。

毎日、お別れが来ても悔いのないよう
過ごしてきたが、
やはり、最期は一人では
逝かせたくなかったから。

その最期はあっという間で、
父らしい潔い最期だったよ。


他の家族を待つ間は
40分ほどだったが、
着替えは後にしてもらい
母と二人で父のそばにいた。

静かな時間。

それから
奏風がきて、
ダーリンが叔母たちを連れてきてくれ
お別れを済ませてから、

父を着替えさせてもらった。
その間に、別のドームで
大急ぎでサンドイッチを食べる。

葬儀屋の方に
父を搬送していただき、
病院をでる際、
病棟出口、病院出口に
主治医と看護師がきて見送ってくださった。


父を実家の2階の客間へ運びあげてもらう。

父の使っていた布団に安直していただき、
住職に枕経をあげていただいた。

その後、葬儀屋のスタッフとの
打ち合わせ。

安置された父の顔は、
だんだんと
笑っているような顔になってきている。

本当に
穏やかな顔だ。


今夜は
客間と控えの間を開け放ち、
父の周りに布団を敷いて

巻き線香でなく
普通の線香を絶やさぬように
みんなで布団に入りながらも
線香の守りをして
一晩父のことを思いながら明かした。