次の日の早朝、ラオンはいつもと変わらず、まだ夜も明けきれぬうちに召喚内侍(ソファンネシ)教育場(キョユクジャン)へ向かった。淑儀(スクウィ)媽媽のことが解決したからだろうか。踏み出す足は特別軽かった。それなのに・・・・。
歩みを進めていたラオンは、くるりと顔を振り返らせた。ほんのりと夜明けに明るくなりつつある道には誰もいなかった。
「確かに誰か後ろに追いかけてくるようだったんだけど。気のせいだったのかしら?」
少し前からおかしな視線を感じていた。しかし、いざ後ろを振り返ってみると怪しげな人は見えなかった。
「変ね(イサンハネ)。」
首を傾げたラオンは内侍(ネシ)教育場(キョユクジャン)の中へと入った。
「ホン内観、やっと来たのか?」
ラオンを見たサンヨルが手を振った。不通(プルトン)内侍(ネシ)という汚名でラオンと結ばれている彼らは、いつの間にかべったりと仲間同士のかたい友情を誇示し始めた。サンヨルを筆頭に、あちこちから合図があった。いちいち頭を下げるラオンへとトギが太った体を揺らしながら近づいてきた。
「おい(イボゲ)、ホン内官(ネグァン)。なんぞ良い事でもあったのか?」
「いいえ(アニムニダ)。」
「そうか(クレ)?私はまた、浮かれたように笑っているからなんぞ良い事でもあったのかと思ったぞ。」
「そうですか(クロスムニッカ)?」
違うことはない、ラオンの気分は空を飛ぶくらい軽かった。ずっと胸を締めていた淑儀(スクウィ)媽媽のことが解決したのだ。いや、厳密にいえば解決したことは何もなかった。淑儀(スクウィ)媽媽はいまだに寝ても覚めても待っている主上殿下(チュサンチョナ)と会えたわけではなかった。しかし、少なくとも、待っていることは無駄ではないということだけは明らかになった。もしかしたら今回明らかになった秘密の手紙で、長い間叶わなかった会話ができるようになるかもしれない。
そんな考えがよぎると、口元には笑みが浮かんだ。ラオンはヘンランチェ(使用人の部屋)の縁側に腰を下ろした。トギがその横に座った。しばらく淑儀(スクウィ)媽媽のことを考え、ぼうっとしていると、隣で見ていたトギが密かな声で話を切り出した。
「ところでホン内官(ネグァン)、噂(ソムン)は聞いたか?」
「噂ですか?」
「最近、宮殿の中が物騒だって。」
「何かあったのですか?」
「これはこれは、こんなにも宮殿の中の噂に疎いとは。」
少し周囲を見回したトギが小さな声でこそこそと喋った。
「これは秘密なんだが、私が君にだけ特別に話してやるよ。他の所へ行っても絶対に他言しては駄目だぞ。」
唇へと人差し指を立てたトギが、わざと深刻な顔で秘密だと強調した。しかし、実際には、彼の知っている話の中で秘密が守られているものなど、一つもなかった。
「どんなことでそのように秘密だとおっしゃるのですか?」
「最近、宮殿の最も高いところにおいでになる方々のうち、お二人のご機嫌が悪いという噂なのだ。」
「宮殿の最も高いところにおいでになられるお二人とは、いったいどなたのことをおっしゃっていらっしゃるのですか?」
ラオンが問うと、トギが少し満足気な表情になった。しかし、少しも我慢できずに彼の薄い口が開いた。
「これは絶対に、秘密なんだが。」
「心配しないでください。」
「では、私はホン内官を信じて、話してやろう。・・・・・・そのお二人の内、一人の方はあの、世子邸下(セジャチョハ)なのだ。」
瞬間、ラオンは無意識のうちに肩をびくっとさせて言った。
あ・・・・・・・これは病気なのかも知れないわ。最近、世子邸下(セジャチョハ)という言葉を聞いただけで胸の片隅がちくっと痛むんだもの。
「世子邸下(セジャチョハ)がどうされたのですか?」
「さぁ、何か心配事でもお持ちで、神経が尖っていらっしゃるのではという噂なのだ。」
「そうなのですか?」
「そうなのだ。それで朝廷で何かもめごとなど起きるのではと大臣たちがすっかり気が気でないと言うのだ。だから君も気をつけろよ。」
「・・・・・・。」
もう遅かった。世子邸下(セジャチョハ)でいらっしゃるとも知らずに、近しくない友だなどと言ってしまったじゃないか、彼と、唇を合わせてしまったじゃないか。それだけじゃなく、世子邸下(セジャチョハ)をマルボクに例えて話したり、なかったことにできないことを数えてみると、両手では全て挙げることができない程だった。
「私がおかしかったのよ。死ぬほど狂ってたのよ。」
ラオンは低く呟きながら、自分の頭をコツコツと殴った。近頃、ちょこちょこ現れる癖だった。驚いたトギが、ふっくらとした顔を斜めに傾けた。
「君(チャネ)、どうしてそんなことをするのだ?」
「な、何でもないです。」
不自然に笑うと、ラオンがまた尋ねた。
「では、お二人目の方はいったいどなたですか?」
「お二人目の方とはあの・・・・・・。」
トギの口からその二人目の人物に対する話が出ようとしたまさにその時だった。
「おい、そこ。」
後ろから聞こえて来た声に、ラオンとトギが振り向いた。
約束でもしていたかのように二人の眉が同時に歪んだ。
マ内官様(ネグァンニム)だ。
ケ(犬)・チョンジャね。
「お前たち(ネノムドゥル)、朝からここでさぼっているのか?」
ラオンとトギを発見したマ・チョンジャが餌を見つけた山犬のようにのそりのそりと近づいた。何かケチをつけたいとでも言いたげな目でラオンとトギを交互に見ていたマ・チョンジャが、ふと目を細めた。
「お前(ノ)、その服装は一体なんだ?」
探しても探しても言いがかりを見つけられなかったマ・チョンジャは、いきなりラオンの服装を問題視した。横目でちらちら顔色を窺っていたトギが声を割り込ませて聞いた。
「ホン内官の服装にどこかおかしなところでもございますか?」
トギの問いかけにマ・チョンジャが唇をねちねち動かすと負け惜しみに言った。
「結び目(コルム)がおかしい。」
「結び目(コルム)ですか?大丈夫なようですが・・・・。」
「白襟も曲がっている。」
「それはホン内官がつけるのではなく、針房内人(チムバンナイン)が・・・。」
「うるさい。どうしてそのように言葉が多いのだ?私がそうだと言っているのだからそうなのだ。」
マ・チョンジャが権力を使って頭ごなしに怒鳴りつけると、トギが亀のように首を竦めた。刺すような視線でトギを睨みつけたマ・チョンジャがラオンの額を指でコンコンと突いた。
「淑儀(スクウィ)媽媽の書簡婢子(クルウォルピジャ)のお役目にまたついたとな?」
「はい。」
「なぜだ?そこへ行ってさぼろうとでも言うのか?」
「そういうことではなく・・・。」
「そういうことでないならばどういうことだ?どうせ白紙の返書を受け取るだけなのは明らかなのに。書簡婢子(クルウォルピジャ)のお役目を自ら要望したところを見ると、宮殿生活を少しでも楽しようと決意したのではなく何だと言うのだ?」
「・・・・・・。」
殿下(チョナ)の送られた返書が、白紙でないことなどどうしても言うことのできないラオンは、静かに口を噤んだ。すると、さらにマ・チョンジャが調子に乗ってきた顔で、声を高めた。
「なぜだ?図星を指され、言う言葉もないのか?」
ラオンの額を突く指にさらに力が入った。
コッコッコッ。まるで鶏のくちばしに突かれているような痛みに感じられた。自分でも気づかぬうちに、眉間に皺が寄せられ、この時を逃すまいとマ・チョンジャが喧嘩を売って来た。
「何だ?何か不満でもあるのか?」
「いいえ。そのようなことはございません。」
「そうか?なのにお前の目はそうは言っていないようだが?」
ラオンを睨みつけているマ・チョンジャの目つきが、荒々しく光っていた。餌を目の前にした山犬。強い者には弱く、弱い者には非情に強いような卑怯者にだけ見られる皮肉が、マ・チョンジャの口元に見て取れた。目の前にいるラオンをどう料理してやろうか?想像するだけで楽しいのが、マ・チョンジャの顔に見え、不敵な笑みが浮かんでいた。
まさにその時だった。タァンッ!まるで二つの石がぶつかり合うような音がしたと思うと、マ・チョンジャの頭がさっと横へと傾いた。どこからか突然現れた影が、マ・チョンジャの後頭部を容赦なく叩きつけたのだ。不意の一撃を受けたマ・チョンジャは目を白黒とさせた。
「誰だ?誰が畏れ多くも・・・・・。」
まるで獣が鳴き叫んだようなマ・チョンジャはぐちゃぐちゃと言い捨てながら振り返った。そんな彼の目の前に、ひときわ白い顔が突然迫って来た。
「私だ。」
「ひぇっ!」
マ・チョンジャの口から乾いた息が吐き出された。たった今自分の後頭部をぶった人物を八つ裂きにでもするほどに恐ろしい目つきをしていた彼の顔が、一気に、兎のように温順になった。
「コ…公主媽媽(コンジュママ)?」
ミョンオン公主(コンジュ)が気高い目つきで彼を睨んでいた。尻尾をいっぱいに振ったマ・チョンジャが、ちらちらとご機嫌を窺いつつ消え入りそうな声で聞いた。
「と・・ところで、小人(ソイン)はどうしてこのようにされたので・・・・・。」
公主媽媽(コンジュママ)はここへと御散歩に来られたのか?いや、そんなことよりも、何の理由でいきなり自分の後頭部が殴られたのかが
疑問だった。一体私が何をしてしまったのか・・・・・?
「お前(ノ)!お前(ノ)・・・・・!」
ミョンオン公主(コンジュ)は戸惑うように迷った目でマ・チョンジャを上から下へと見下ろした。それから、適当な口実を見つけた公主(コンジュ)が、口を開いた。
「お前、顔が気に入らない(ノ、オルグリ マウメ アン ドゥロ!)」
「はい?」
顔が気に入らないですと?私の顔が、ですか?なぜですか?
呆然とした表情のマ・チョンジャを放っておいたまま、ミョンオン公主(コンジュ)は風邪を切るように召喚内侍(ソファンネシ)教育場(キョユクジャン)を出て行った。
一瞬、教育場に重苦しい沈黙が訪れた。衝撃を受けたようにマ・チョンジャはその場から石像のように身動きすらすることができなかった。彼の姿をちらりと見たトギがラオンの耳元へと低く囁いた。
「その、もう一人の方が、まさに公主媽媽(コンジュママ)だ。あの方も最近ご機嫌がすこぶる悪いとの噂で。」
説明を終えたトギが、首を傾げた。
「でも、公主媽媽(コンジュママ)がここへはどうした用なのだ?普段は近くにも寄られない方なのに。」
ラオンがぎこちない表情で呟いた。
「・・・・そうですよね(クロゲヨ)。公主媽媽(コンジュママ)がここへはどうして来られたのでしょう?」
まさか、私に会いに来たわけじゃないでしょう?あ・・・・母上(オモニ)が逃げようと仰ったときに逃げていればよかった。
********************************************
「顔が気に入らない!!」
正解は・・・・・
①公主媽媽(コンジュママ)が
②マ・チョンジャに
「顔が気に入らない!」
って、言ったのでした~☆( ゚∀゚ )ハァーハッハッ!!
ざまあみろ☆彡でしたね( ´艸`)カッコいい公主様♡
公主様・・・どうしてこんなところにいたんでしょう??
召喚内侍教育場、ですよ??(*’艸3`):;*。 プッ
どきどき・・・・
ご機嫌のよろしくない高貴なお二方(笑)
世子邸下と、公主様(笑)
どっちもラオンのせいだし(つ∀<。)
さて☆彡
公主まで入って来るこの恋模様♡
楽しみにしてくださいね♪