「宗教に入っているのに、運気がよくならない」というお悩みについて、「いったい宗教とは何であるか」ということから根本的に考えなおさなければ解決に至らないと感じました。
一例として、キリスト教でこの問題を考えてみましょう。
皆さんご存知のように、キリスト教の聖書には旧約と新約が存在します。では、どのような違いがあるのかご存知ですか?
旧約は言い換えれば「旧い(ふるい)約束」、つまり、イエス=キリストが新しい教えを説く前の人間と神とに結ばれた約束という意味です。新約はイエスが新しい教えを説くようになった後に結ばれた「愛と赦し」の約束のことです。
キリスト教に関わらず、一連の正統派の宗教というものの経典は、必ず霊感で書かれたものでなければなりません。キリスト教の旧約聖書の中の『創世記』(天地の成り立ちの話)も、モーゼが霊感で書いたものだとされています。
では、私たちが宗教で救われるためにはどうしたらいいのでしょうか?
もちろん、特定の宗教の信者となれば、様々な活動も要求されるでしょう。その活動に自ら参加すること、あるいは会員集めに努力し、教えを広めること、それもすばらしいことでしょう。
しかし、私たちが本当に心の底からよくなりたい、救われたいと願うならば、その宗教の経典なり、キリスト教でいえば聖書なりを私たちも、五感、六感を超える霊感で解釈し、さらには実生活で応用できるように体得できなければ、どんなに立派な宗教に入信していたとしても、意味をなさないものなのです。