いつもブログをご覧賜りありがとうございます。
またやらかしてしまったようです。
明日香村で撮影した写真を削除してしまったようです(泣)
私にすれば、貴重な写真もたくさんあったのですが。
本講座の講師は、阪南大学・来村教授様でした。
師匠は、高松塚古墳発見者の網干教授とのことで、
正に、明日香村の歴史については本家本元です。
その網干教授は、明日香村のお寺でお生まれとか。
集合は石舞台古墳のバス停です。
近畿文化会のご担当者から当日の行程などをお聞きし、
来村教授をご紹介いただきました。
のっけからユーモアやご冗談の連発。
そして、とても謙虚で使い古した大きなカバンを持って歩かれていました。
先日の東大寺の先生しかり、とても好感の持てる先生で、
学歴のない私は、大学で学びたかったと思った次第でございます。
そして、最初に石舞台古墳に案内していただき、
内部に入ったのは初めてですが、石の組み立て方や、天井の形状の造作、
排水方法等をお聞きし、当時の方の技術力や知恵には驚くばかりでした。
日本の大富豪、蘇我馬子氏のお墓だと言われていますが、
古墳を作るにあたって、当時の技術としては一番困難で難しかったらしい、
小高い山を切り開いて古墳は設けられたそうです。
そして、その場所は、四方が山で囲まれ、一方の高い山は、
談山神社がある多武峰にも続いている、やはり、歴史ある場所です。
そして、古墳の正面に当たる場所の視界だけが開けています。
そこは、甘樫丘があり、その向こうに、二上山が綺麗に、すっぽりと収まっています。
それも、すぐ近くにあるようなロケーションなのです。
蘇我馬子氏がこの場所に、この高さと位置を指定したとお聞きし、身震いをいたしました。
その後、明日香村立中央公民館で座学の講義をいただき、
聖徳太子ご誕生の橘寺を参拝し、更に石像や古墳をご紹介していただきました。
会のメンバーさんで、ボストンバッグを持たれている方、ある女性のカップルは、
金沢から参加されているとか、そして、伊勢神宮の講座にも参加されるそうです。
近畿文化会は近鉄グループで、戦前から活発に活動されているとか。
近鉄は、特に地域密着で、県民から愛されている企業さんで奈良県に特に詳しい。
今朝も改札でおはようございますの挨拶があり、帰りにはありがとうございましたと。
比べ、某鉄道は知らんぷりですものね。
また、昨日訪れた正倉院展を出て、奈良公園のメイン通りに出ますと、
車の大渋滞、そして、世界各国の観光の方の多さに驚くと共に、
日に日に観光の方が増えているように思います。
興福寺の御朱印所は長蛇の列。
ところが、明日香村では、外国の観光の方を一人も見なかったと記憶します。
そして、学のない私の推測ではございますが、飛鳥時代の歴史は、
やはり、外国の方には難しいのかなと。鹿もいませんし(笑)
石舞台古墳の上では、地元のお百姓さんが稲刈りをされていました。
そんな風景に違和感も感じない。とても歴史を大切になさっている。
また、近々訪れたいと思っております。
そして、世界遺産登録も間近だと思う次第でございます。