水と油を混ぜるような行為
見出しの言葉に尽きる。水と油をいくら掻き混ぜたところで混ざることは無い。混合したような状態に見えても化学的な性質が異なるため溶けることは無く、いずれ分離するだけだ。
もちろん分離しないように掻き混ぜ続けること、適切な乳化剤を投じるなどの処置をすれば可能性はあったが、それは行われることは無かった。
そして水の中に住む魚は油の浮いた川や乳化して汚染された川で生き残ることは出来ない。
立憲という水に住む魚という有権者は逃げ出すしかなかったのである。
立憲民主党の自滅
立憲民主党という政治集団がどんな性質を持った集まりであるかを知る必要がある。
結論から言おう。
思想家と活動家の寄せ集め
重要なのは妥協も止む無しという政治家の集まりでは無いという点だ。
立憲民主党の議員は思想によって支持されているのである。
そんな中でこれまでと真逆の公明党と連合を組んで思想を捨てたのだから既存支持者を失うことは当然のことだった。
それでも既存支持者以上に無党派層を取り込めればまだ活路は残った。
しかし多くの無党派層は現実を俯瞰して妥協してでも実績を作る政治家を望んでおり、自分たちの思想を絶対として現実こそが間違っているという態度の立憲民主党を拒絶したのである。
議席を伸ばした公明党も実は茨の道
今回の衆議院選挙で旧公明党派は議員を増やして一人勝ちした形となっている。
だがその内実は厳しい。
公明党と連携した立憲民主党が潰れたことで「公明と組んだら負ける」という実績がついてしまった。
連携する相手が居なくなったのだ。
議席を担保として党の政策を政府に反映させる手段が断たれてしまったということを意味する。
実績を作ることは出来ず、支持は先細りすることが予想される。
未来は決して明るくないのだ。
立憲民主党の衰退は宿命
ハッキリと言おう。立憲民主党はどう足掻いても衰退する。
なぜなら進歩が無い。やっていることは2009年から変わっていない。
批判、失言、裏金、それだけである。
過去に成功した手段に拘泥してそれをひたすら繰り返す。
競争相手が居ることを理解していないのだ。
相手が対抗策を編み出してそれを無効化どころか、自分たちを陥れる手段となっている状態でも繰り返す。
さらにそれに気づいて何とかしようとした者を組織の力で封殺して繰り返す。
日本的組織の悪癖を煮詰めたような集団、かつて滅んでしまったような集団を有権者は選ばなかったというのが今回の結果だろう。そして同じことを繰り返す限り、絶対に負け続け淘汰される宿命にある。