自分が生きてきたことを書いてます。

先日投稿した日記大嫌いだった父親

糖尿病で壊死始めた足、高熱で身動きもとれず、悪態をしている父親。
一生懸命、世話をしている母親。
見ているのが苦しかった。

某大学病院にて、左足膝下より切断をすることになった。
私としては、悲しくもなく、へぇーって感じ。
暴飲暴食、悪態ついて、暴力して。。
次の日には、けろっとしている。
いつもいつも監視をされていて、
どこ行ってきた?だれと一緒だった?と聞かれる。
それを話して何なの?
話しても知らない人でしょ??
高校生の娘に、ギャンブルするために金を借りて。。情けない。
なので、片足無くなっても、別に何とも思わなかった。もしかしたら、このまま死んでくれたら良かったのに。と思ったのかも知れない。

兄貴は、四歳上。
喧嘩しても、怒鳴ってても、一切仲裁したり怒ったりしない。
私は、小学生ながら、包丁でぶっ殺したいほどだった。今では、笑い話だけど。

足を切断して、塗装工なんてできないのだから、サラリーマンになって欲しかった。
障がい者の仕事でもなんでもして欲しかった
そういうことも含め、兄貴と父親で話し合いをして欲しかった。
しかし、相談も口出しもしないで、結局塗装工。
入院、リハビリ期間が長くて、お金が無くて本当に大変だった。
親戚に借金を申し込んでも、前歴が有るから貸してくれない。情けない。。。
叔母の彼氏に借りたり、病院に相談したり。。

就職したので少しは家に入れたけど、。。
やっと免許をとり車に乗れるようになったので、母親の送迎や病院には連れていけた。

退院してから、自分のあわれな愚かな姿を情けなく悔しがっていた。
その度に、母親を罵る。
お前がこんなからだにしやがった‼️
お前がちゃんとしてれば、足を切らなくて良かった。

こんなこと、よく言えるよな。。
いつも酔う度に言っていた。

前から人の目を気にして生きていた。
尚更足が無い自分は、外に出たくない。
なにをするにも、どこに行くにも母親と一緒。
仕事も、母親にやらせ、自分は現場監督。
仕事が有れば良いけど、無ければ喧嘩。
糖尿病なのに、自分が好きな食べ物が無いと気が済まない。
自分が一番に過ごしたい。
一番頑張っている母親に、感謝の気持ちも労う気持ちもない。
家に帰るのが嫌で、同僚たちと遊んでたな。
そんなときに、今の旦那に出会ってしまったのだ。。