躓きの石と踏石

道を歩いていて石があったら

弱者はこれを躓きの石と考える

強者はこれを踏石と言います。 

道を歩いていて何かに躓いて転んだ経験があると思います。

しかし自分を躓き転ばせたものは時にはとても小さい石ころの時もあります。

黙想

イエス様がこの地に来られた時の状況は決して順調な道ではありませんでした。

しかしイエス様は神様の御心を成されるためにすべての躓きの石と戦い勝たれました。

なんの苦しみもなく神様に祈り願い知恵を探したのではないでしょう。

困難がある度に切なる祈りと神様の御言葉を求めて力強く立ち上がる子となれることを願います。

 

(23:1~4)

ダビデの歌

23:1主はわたしの牧者であって、
わたしには乏しいことがない。
23:2主はわたしを緑の牧場に伏させ、
いこいのみぎわに伴われる。
23:3主はわたしの魂をいきかえらせ、
み名のためにわたしを正しい道に導かれる。
23:4たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。


 

(16;3~4, 9 )

16:3あなたのなすべき事を主にゆだねよ、
そうすれば、あなたの計るところは必ず成る。
16:4主はすべての物をおのおのその用のために造り、
悪しき人をも災の日のために造られた。

16:9人は心に自分の道を考え計る、
しかし、その歩みを導く者は主である。



 

(ルカ22:42~44)

22:42「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。

22:43そのとき、御使が天からあらわれてイエスを力づけた。

22:44イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。


 

(ヨハ14:6)

14:6イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。



(コリ1:6 )

1:6わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救とのためであり、慰めを受けるなら、それはあなたがたの慰めのためであって、その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となるのである。