美人さんって最初は自分では気がつかないと思う。

人に

「あんたはべっぴんさんだねえ。」
「あなたは美しい。」

と何度か言われて、自分が美人であることに気がつく。


自分に自信が無かった一人の少女は

「そうか!アタシって美人なんだ!!」

と、自分に自信が持てるようになる。


仕事も同じ。
自分が世の中の役にたっているのかどうか、
最初は自分では気がつかない。

ある人に

「ありがとう」

と言われて、自分のしたことが相手に感謝されていることを知る。


ある時

「あなたのおかげで助かった」

と言われて、自分が相手の役に立っていることを知る。


ある所で

「あなたのおかげでやる気が出た」

と言われて、自分が相手の心に灯をともすことができたことを知る。


自分という人間の存在価値は
他者の眼を通して分かることがある。

自分に自信が持てない人は多い。

でも、あなたも今までに

「ありがとう」
「あなたのおかげで助かった」
「あなたのおかげでやる気が出た」


と言われたことがあるはずだ。


それも一度や二度じゃない。

それだけであなたの存在価値はあるのだ。

「ありがとう」
「あなたのおかげで助かった」
「あなたのおかげでやる気が出た」


そう言われているのなら自信を持っていい。
間違いなくあなたの存在価値はある。

あなたは唯一無二のこの世に必要な存在なのだ。

 

これは、今のぼくにとっては、
世界で一番の仕事。
だって、現に目の前にあるんだから。


こう言っていれば、洗濯物をたたむこともできる。
なんでもできる。


シンクの排水溝のぬめりを掃除するときも、
こう言いながらやる。


これは、今のぼくにとっては、
世界で一番の仕事なんだ。
だって、現に目の前にあるんだから。


だから、これは、前に進むための言葉。

(他人に「やらせる」ための言葉じゃないですよ。
「自分がやる」ための言葉です。)


そして、目の前のことを超えていけば
必ず次のしあわせへと開くドアがある。


「やらなきゃいけないはずなのに、やってないこと」


それが、しあわせの流れをせきとめる。

だから、それらをひとつずつつぶしていって、
自分の怠惰を乗り越え、自分を変えていきます。


それこそが「精進」ということの意味だし、
そしてそのような行為は、確実にしあわせをもたらすのだと思います。


だからこそ、誰でも必ずしあわせになれると思うし、
そのための方法は、本当に身近なところにあるのだと思うのです。

知識をつけることは
行動することの始まりであり、
行動することは知識を完成させることである。

知っていても行動しない限り、
それは知らないのと同じ。

具体的な結果が欲しければ、
自ら具体的な原因を創ろう。

成功に必要なものは全てあなたの中にある。
あなたは成功するためにこの世に生まれてきたのだ。

 

 

最初に必要なのは、「マインド(意識)」

次に、
「ナレッジ(知識)」
「スキル(技術)」
 

ここまでの3つが「能力」

そして、そこに「行動力」を掛け合わせると
【成果】が出る。


学習だけでも行動だけでもダメで
掛け合わせることに意味が深まる。


ガウディの伝言という本がある。

サグラダ・ファミリアに関わっている人が書いた本。
「組織づくり」や「在り方」を考えさせてくれる本。

以下、抜粋。
 



図面が邪魔であるとまでは決して言いませんが、それをあまりにも重要視しすぎると、ものをつくる人間たちの創造的な力を奪ってしまうことがあります。

 

もともと平面に描かれた図面から、彫刻のように考えられた未知の立体を完全に想像するのは容易なことではありません(現代では、CADで三次元的な図面を見ることができるようになっていますが、そこに実物がない、持ったり手で感じたりすることができないというのは大きな違いです)。

 

図面が細かく分かれていたら、もっと分かりにくい。それだけを見せられて、「この通りにやれ」と言われても、やる気が湧いてくるものではありません。職人たちは、自分で想像力を働かせてつくろうとするよりも、ともかく図面通りにしなければならないという義務だけを感じてしまいます。

 

ものをつくる人間をダメにする確実な方法は、全体を考えさせず、細かい作業をひたすら義務としてやらせることです。そうするともう、現場での新しい発想が生まれてこなくなるだけでなく、いかに手を抜くかということばかり考える人が現れ、図面通り100パーセントのものすらできなくなる(また、そもそもの図面に誤りがあった場合にも、職人たちの直観によって、それが「おかしい」と指摘されることも起こりにくくなります)。そうして作業を急がせれば急がせるほど、杜撰(ずさん)なものができ上がっていく。これは人間がつくっている限り、どうしても起こることです。

 

特にサグラダ・ファミリアのように、何百年間もつくり続ける建物の場合、小さな手抜きの積み重ねがやがて致命傷となり、建物を崩壊させることも十分に考えられます。ガウディはそういう人間の性質をよく見抜いていました。

 

また、サグラダ・ファミリアの建設現場で(昔は今よりはるかに危険な、100メートルの高さまで木で足場を組み、滑車で石を吊り上げるような作業を行っていたにもかかわらず)、今日まで死亡事故が一件も起きていないのも、職人たちが自ら考え、意欲的に仕事をしてきたことと無関係ではないと思います。

昔は不十分な道具を使っていたからこそ、安全に細心の注意を払っていたこともあったと思いますが、それだけではないでしょう。

事故というのは往々にして、人間を機械のように働かせているときに起こるものです。
 



「やり方」が世の中に溢れている。

情報過多だ。

 

でも、それらを本当に活かすには、
「在り方」という「自分自身との対話」が必要なのだ。

 

インスタント時代だからこそ、

こうした自分自身の内側と、じっくり向き合うことが大切になってくる。