タクシーの運転手の父
ラーメン屋のパートの母
幼稚園に通う私
3人は幸せだった
他愛もないことで喧嘩はしたが、陽気な父がギター片手に歌を歌い笑わせに来ていつの間にか仲直りしている、そんな普通の家族でした

母の実家が三世帯住宅に改築し、私たちは引越することになった

三世帯の内訳は
・母方祖父母+叔母
・祖父の母
・両親+私
アパートのようなつくりで1つの家庭づつ住居は別れていたがインターフォンでつながっていた

引越てすぐ、祖父母宅には犬が増えた
小屋を作ろうとしていた父は次の休みに完成させると中途の小屋を残したまま、病気で他界した
29歳だった
まだ6歳だった私にとって虫や金魚以外の死は初めてだった
火葬場で泣き狂い棺桶に縋り付いて私もつれてけと叫ぶ母が、父とともに火に入らないように必死でつかんでいた

半ば抜け殻のようになった母
仕事にも行けず、仏壇の前で鳴きながら位牌をなでる日々
そのうち祖母に
子供がいるのにそんなんでどうするんだ!
とキレられ、母は祖母から隠れるように生活を始める

祖母は当たり前のことをずっと言い続けるのだ
顔を見るたびに
子供もいるし、働かなくては暮らせないということを母に言い続けた
まだひと月もたってなかったと思う
まったく立ち直ってもいない状態で母はラーメン屋のパートを辞め長い時間働ける仕事を探してきたのだった

祖母と会いたくない母は私を曽祖母に預けた
子供嫌いな曽祖母は大半私を柱に縛り、自分はテレビを見ていた
特に痛くされたわけでもないので縛られることを悪いことと考えたことはなかった

ある日、祖母が曽祖母に用事があり訪ねてきたとき私をみて
なんてひどいことを!
と、なり曽祖母に預けることを禁止した

代わりにあずかると祖母は言うが、夜遅くに帰宅するので6歳の私は寝ているのた
預けると引き取り行くときに顔を合わせなければならない
母にはそれは大変苦痛だった
なのでその後も数回おきには曽祖母には預けられてたと思う

<続く>