***一般人沙輝の平凡な毎日***


月


日
ポッキーの日になったのを
見計らったかのよぉに
ぉばぁちゃんが
亡くなりました
あと

日で


歳の誕生日でした
アタシゎ九州住みで
ぉばぁちゃんゎ大阪住み
なかなか会えなかったケド
初孫だったアタシゎ
ホントにいろんなトコに
連れてってもらったみたぃです
癌だと分かったのゎ
今年の初めで
ぉ見舞いがてら

年ぶりに大阪に
行きました
久しぶりに会った
ぉじぃちゃん、ぉばぁちゃんゎ
ホントに
小さくなってました
優しかったケド
しつけにゎ
厳しぃ祖父母だっただけに
その存在が
小さくなったよぉに
感じられたコトが
すごくショックだったコトを
覚えています
手術で癌ゎ摘出したものの
その後ゎ
糖尿病で苦しみました
ぉじぃちゃんも
去年癌を患い

人とも
苦しかったハズなのに
こっちが
羨ましくなるくらぃ仲良くて
ぉ互い支え合って
過ごしていました
ぉばぁちゃんの癌の転移が
分かったのゎ
今年の夏でした
末期でした
抗癌剤治療ゎキツィと
身をもって実感してぃた
ぉじぃちゃん
抗癌剤治療ゎしないと
決めました
先月半ばに退院し
自宅療養に
認知症もひどくなり
わがままも言うよぉになり
夜も

時間に

回ゎ起き出し
手がかかるよぉに
なりました
しかし
息子達(アタシの父と叔父)ゎ
離れたトコで仕事を持っており
簡単に
様子を見に行ける状態でゎ
ありませんでした
孫も

人ゎ仕事持ち
残り

人ゎ学生で
長く大阪に滞在するのゎ
不可能でした
それでもみんな
できる限り
大阪に足を運んでいました
そんなだったので
ぉばぁちゃんの世話の
大部分ゎ
ぉじぃちゃんがしてました

日の大半を
ぉばぁちゃんの横で過ごし
ご飯を食べさせ
トイレに行かせ
体を拭いて
話かけ続けました
毎日来てくれるヘルパーさんが
「このままぢゃ
ぉとぅさんが倒れてしまいます」
と言うくらぃ
ずっと
ぉばぁちゃんのそばで
過ごしてました
ぉじぃちゃんも
抗癌剤治療で
苦しんでるのに
先月末会いに行った時
ぉばぁちゃんゎ
もぉアタシのコトゎ
分からなくなってました
ガラス玉みたぃな目で
不思議そぉな顔をして
ぉじぃちゃんに
「あの女の子ゎ誰?」って
聞いてました
悲しいといぅか
切なかった
他人のよぅな挨拶と
よそよそしさが
すごく辛かった
それでも
できるだけのコトがしたくて
ご飯の準備をしたり
掃除したり
話かけたりしました
次の週にぉ父さんが行った時にゎ
もぉ目が開かナィ状態だったそぉです
「痛い痛い」って
言うだけ
「どこが?」って聞いても
「痛い」と言うだけ
そして


日

時頃だったと思ぃます
叔父カラ電話で
ぉばぁちゃんが
やっと
痛みカラ解放されたと
連絡がきました
実感がナィまま
通夜が済んだ頃に
大阪に到着
通夜した会場で
ぉ葬式をあげるとのコトで
ぉじぃちゃん
アタシの家族
叔父サン家族の

人で
会場に泊まるコトになりました
夜、煙草を買いに
ぉ父さんとコンビニに行った帰り
「ぉばぁちゃんに会うたか??」
バタバタで来たので
まだ
顔を見てなかったアタシ
ぉ父さんと会いに行きました
痩せて
小さくなったぉばぁちゃん
化粧して
綺麗になってたケド
その顔ゎやっぱり
冷たかったです
「ぉ人形さんに
なってしもたわぁ」
そぉ言ったぉ父さんゎ
ぉ棺に突っ伏して
泣きました
「ずっと見ててやりたぃんケド
見てたらな
悲しくなんねん
つらくなんねん...」
普段穏やかで
怒鳴ったり慌てたりせず
ダンディで
常に優しいぉ父さん
ぉばぁちゃんが
もぉ長くナィって分かっても
けして
取り乱したりしませんでした
仕事が忙しぃ中
毎週末大阪に行き
かわりに母が大阪行く時ゎ
「気ぃ使うてもらって
悪いなぁ」と
常に母を気遣う余裕が
ありました
そんなぉ父さんの涙に
アタシ達家族ゎ驚き
悲しみが増しました
父ゎ
お棺を閉める時
頭を抱え泣きました
ぉ骨になって出てきた時
たまらなくなり
嗚咽を堪えながら
その場を離れました
ぉばぁちゃんが
亡くなったコトも
もちろん悲しかったケド
悲しみに暮れる
父親の姿が
切なさに
更に追い討ちをかけました
ぉばぁちゃん
ぉばぁちゃんの死に
沢山の人が
悲しんで涙を流してくれたょ
沢山の人に
愛されてた証拠だね
ありがとぅ
だから
空の上に行っても
アタシ達のコト
忘れずに
見守っててくださぃ
これからも
家族仲良く支え合って
生きていきます
ホントにありがとぅ

