デジタルデトックスしバンコクを縦断してきました。

徒歩で130kmくらいかな。

 

いやー楽しすぎましたね。

ちびっ子とサッカーしたり、よくわからんミニ祭りに遭遇したり。

野犬集団に絡まれたときはマジで怖かったけど。笑

 

歩くのは考えるきっかけくれるし自分と向き合えるし、何よりも歩かないと出会わなかった景色や人と出会えるのが素敵。

 

色々バンコクの街並みと自然を見ながら、2025年振り返って思ったことを赤裸々と。

 

少し重めです。笑

 

 

 

 

きつかったねー正直。

 

大切な存在を失いまくりました。

 

愛犬、おじ、後輩。

 

おじさんは父上よりも若くして、愛犬はあまりにも急だったし、後輩なんて一週間前に普通に会ってたから、まあ自分を責めてしまったよね。

なんかできなかったのかと。

 

基本あんま後悔しないタイプというか、何かに対して一喜一憂するタイプでもないんですけど。

まーそんなこともあるか、みたいな。笑

全て全力でやった結果でしかないですしね。

 

ただ「死」には滅法弱いなと感じます。

 

ご飯も食えんくなって、突発性難聴にもなったり。

大丈夫だと思ってたけど案外大丈夫じゃなかったみたいね。

 

慣れれれば楽になると思って耐えてたけど、耐えてばかりでは無理で。

だからとにかく動くことだけはやめないように日常を急いだ。コロナ期を知ってるから本当に閉じこもってたらやばいっていう自覚もあった。

 

好きなこと、映画とかドラマ見ても曲を聞いても何も心が動かなくなって、時間がある程度解決してくれたものの、趣味も楽しめなかったのは結構きつかった。

 

誰かに何か話せば気持ちが楽になるとかいいますけど、そんなのは一時的で、次の日にはその傷が治っていないのに気づくのがオチ。結局その傷自体に自分で向き合わないと。

 

とか言いつつも、サークルとか会社とか好きなコミュニティがあったのは大きかった。

普通でいようと思えたから。普通でいようとすると笑える。笑うと少し気が楽になるから。

 

でも知らないところで傷つけてしまった、迷惑かけてしまった人がいたと思います。もちろん自分が知っているところでも。

本当に申し訳ございませんでした。

 

 

 

タイに行ってよかった。

本当に成り行きと直感で決めたけど、これも一種の出会いがもたらしてくれたものだから、素敵だなと思う。

 

異国の景色、人の暮らし、寛容さに心がわき、感情が息を吹き返した感覚。

 

3日目に泊めてくれたタイの夫婦さん。英語を喋れなかったから、タイ語手帳とジェスチャーでなんとなくで会話してたけど、話している中で、二人の間にできてたお子さんが若くして亡くなってしまっていたことを知った。産まれた直後みたいな話をしてたのかな。完全には話の内容理解できなかったからそこは曖昧。

 

家は田舎の家で裕福とはいえない場所にあったけど、それでも何も知らない自分のことを受け入れてくれて、新鮮な優しい世界が生きていることを知った。急遽用意してくれた寝床も寝床とはいえなかったけど、直近で一番ぐっすり眠れた気がする。

 

もちろんそうした優しさが傷を癒すわけじゃないし、傷なんてそもそも治らないと思う。むしろ優しさに触れるたびに、その傷があることに気づく。

 

そもそも優しさは基本隣に置いてある。慣れすぎて気づいてないだけで。

 

「死」って特別な別れ方だし、だから傷を伴う。

でもその傷は決して痛みだけじゃなくて、あなたを忘れない、覚えておくための傷と思えば、すごい大切に感じる。

だから傷は残しておくべきなのかもしれない。

 

夫婦さんの優しさはその傷を覚えているが故の優しさだったのかなって今は思う。

 

 

 

そうした一瞬の出会いとか、日常的な出会いに対して感謝を忘れないように。絶対に。

そういう人がいて今の自分ができているし、人の時間はタダじゃない。

 

出会った人との時間を大切にしないとね。今よりももっと。

いつ別れるかなんて本当にわからないから。

自然かもしれないし、急かもしれないし、その日が最後かもしれないし。

 

色々こんな感じで考えてました。笑

 

 

 

ほんとに周りに恵まれてるなと思います。

いい人多すぎ問題よ。

本当にありがとうございます。

 

これからも素敵な出会いがあると思うし、その分別れも伴うと思う。

でもそうした一瞬一瞬を大切にしながら過ごしていきたいなと。

 

自分なりの目標みたいなのもぼんやり見えてきて、振り返るといい一年でした。

 

これからもよろしくお願いします。