地元へ帰ってきて、母と妹がすぐにきてくれた。
ここも、リハビリは自分でするらしい
歩行器渡され、トイレもやっと
でも、歩かなきゃ
最初は、歩行器に連れられて歩いてる

感じだったけど、歩いてるうちにサマになってきた


感じだったけど、歩いてるうちにサマになってきた
1週間後
くらいに
やっと大部屋へ移動できた
この病院のいいところ
夕飯を選べて、朝食も選べるもちろん追加料金少しかかるけど
朝食は、ごはんかパン、パンはジャムが毎日変わる
病院食にしては、おいすぃ
病棟付きの薬剤師さんがいた
医療者ということで、毎日私のところに毎日きてくれるようになった。
薬剤師さんが
「なんで、B先生が行ったか知ってる
」
「なんできてくれたんですか
」
「あの日はねぇ、ちょうど当直で病棟で私と話してたのよ。そしたら救急外来から3度めの胃痛の患者さんが来るって連絡がきたのよ。そしたら解離かもしれないから行ってくるって降りて行ったのよ。それが〜さんだったのよ」
と教えてくれた。
凄い‼️
胆石だの肺炎だの診察しても誤診ばかりされたのに
診察してもないのに解離かも.....と診断した
すんげぇ

心臓外科医だ
確かにオーラは凄かった
優しいけど畏れ多い感じ
も1人のA先生は、とってもフレンドリー
土日もかかさず2人が回診にきてくれた
多い時は、朝晩と2人が別々にきてくれるから
4回回診してくれたことになる
そして、長く入院させないはずなのに....
3週間が過ぎ
「木曜の造影CTで、よかったら土曜退院いいよ」とのお言葉

喜び勇んで検査をうけて待てど暮らせど金曜にどっちの先生もこない

結果悪かったのか
そして翌週の月曜日
A先生が来た
「B先生から結果聞いた❓」
「まだ聞いてないです」
「ふーん。じゃあまた今度ね」
(あーあ、、、、、、、)
B先生、その後来て「火曜の夕方結果説明するから旦那さんも来れる
」
「はい、大丈夫だと思います」
火曜の夕方
A先生、B先生揃ってる(当たり前か)
「解離が塞がるかとおもってたんだけど、塞がってないんだよねぇ...この先塞がるかもしれないけど
多分このままだと思う。家で家事やってくれる人いる
いたら今週末退院許可するけど、いなかったら許可しない。首から鼠蹊まで裂けたままだからねぇ。
重いものは持たない、洗濯物も持たない、右肩にカバンをかけない。これが守れれば許可する」
こうして、制限付きの許可が出て無事に退院できました
まだまだ、序章に過ぎない私の解離
最初に弁までいってたら、ここでと言われたけれど
多分大丈夫と判断され搬送されたものの
開けてみれば、弁にも損傷があって修復術と、すこーし人工血管に替えた。
将来的に弁置換術が要ると思うと言われた私
ながーいながーい闘病の始まりです