娘は私のところに泊まるたびに妙な夢を見る。
リビングの真ん中に布団を敷いて寝ているのを起こすと、返答代わりにおかしな寝言を言う。
クリスマスの時は、大学の後輩とインド人とルームシェアをする夢を見ていた。
インド人が身勝手なことを次々として、こんな暮らしは嫌だとどんよりしていた。
新年の初夢はきな粉餅。
起こしたら、お餅が美味しかったと、まだ何も食べてないくせに言い、きな粉は2つに分かれているから気をつけてと。
なんですかそれ。
夢のストーリーはこうだ。
元旦の朝、母が餅を焼き、娘がそれを湯に潜らせてきな粉をつける。
きな粉の入った入れ物を持ち上げて別の場所を置こうとすると、どうしてか底が抜け、ふちだけを持っている。
きな粉の置かれた器の底と、きな粉がふちに付着した器の周りの部分と、2箇所に分かれてしまった。
それを言っているのに、母は、イライラと怒りながら、まだきな粉つけてないの?とふちだけの底抜け器の中心にきな粉を足してしまう。
夢の中の母親(私)は怒ってばかり、怒鳴ってばかりの酷い母だ。
そんな風に彼女に接してきたのだろうか?
確かに余裕のない年月だった。
もうすっかり大人で、31なのに、母に怒られる夢ばかり見ているようで申し訳ない。
元旦の日に仕事をすることにも。
娘が物心がついた頃から、自宅で英語を教え始めた。
小学校に上がったタイミングで派遣で働き始めた。
そして小学校卒業と共にガイドになった。
先に生まれて3才10ケ月まで一人っ子で、専業主婦の母がつきっきりだった息子とは少しメンタルが違う。
ガイドだけならまだしも、母は組合でアサイン当番をしている。
以前家族4人で暮らしていた頃は、ちょうど娘の部屋の隣に家電やらパソコンやらプリンターがあり、事務作業はそこでしていたから、業務内容は筒抜けだった。
当時からアサイン当番の日を嫌がっていたというのに、せっかく正月に母のところに来てみれば、まだ同じことをやっているのだ。
お節並べた横にノートパソコンもあり、メールチェックして母が叫ぶ。
やだー何?昨日のメール処理されてないじゃない。
娘、いきなり嫌な顔して、「うるさい」
幸いその日は、その一件のみで、緊急に処理すべき案件はなかった。
2日は実家に親族集合の日だ。
先月半ばから、91歳の父は肺炎で入院しているのだが、89歳の母は、弟が帰ってくるし、もう来訪者用駐車場の手配もしており、寿司も注文してしまっていて予定を変更する気は全くない。
それも驚きだ。
パパがあんなだから今年はやめときましょうとか言わないのだ。
まず娘と病院に見舞い、それから実家に向かった。
マンション敷地の外れにある駐車場に停めて歩いて午後5時。
雨が降りそうな空だから、トランク常備のビニール傘を一本持った。
そこから食事をして、孫の海斗の一挙一動を皆で愛で、8時半頃に妹が外の様子を見に行った。
確かみぞれになるって言ってたよね。
ところがみぞれどころか、雪が積もっているというではないか。
妹夫婦、息子一家、私と娘。
車3台で3台とももちろんノーマルタイヤだ。
えー!大変じゃないの!!
そしていきなり場はお開きとなって、私達は慌ただしく雪の中に去ったのだ。
前述した通り、外れにある駐車場に歩く、私、娘、息子。
妹夫婦は、外れの駐車場に停めに行ったのに、予約番号の箇所に見知らぬ車が停まっていたので、家の目の前のご近所さんの駐車場をお借りしていた。
妹が、そっちの駐車場まで送ろうか?と言うが、私は大きな声で荒々しく、いいよ、歩けるから、あなた達は遠いんだから早く出た方がいいよ、と追い立てたのだ。
息子は車をまず取りに行き、実家で待つお嫁ちゃんと海斗を乗せて帰る。
3人で寒く冷たい雪の中を歩きながら、新潟かよと言った。
元夫の実家辺りの光景とシンクロする。
もちろん新潟の雪が本気を出したら、この程度では済まない。
が、ほんの3時間程度で、何センチも積もるこのありさま。
千葉県も侮れない。
恐らく雪の日に運転するのは初めてであろう息子に言った。
雪の時は、ブレーキは一度に踏んじゃダメだよ。
何度かに分けて徐々に停まらないと。
うち、昔は平気で雪道走ってたけれど、それはスタッドレスに変えてたからだからね。
ノーマルタイヤで、こんな雪に運転するなんて、私もしたことないよ。
私がLAにいた頃、たまたまクラスの教材で出てきた pumping the brake on the icy roadというのを、踏襲してきた。
ずっと信じてきたので大真面目に伝授したが、その後のABSやブレーキの性能の向上については全く考慮していないウンチクである。
私がわざわざ持ってきた傘は、骨が壊れていて雪を防がない。
唯一役に立ったのは、車に積もる雪を落とす時だった。
駐車場は雪国だった。
息子も、おばあちゃんに渡された傘で雪を落とす。
車体に積もる雪まで落とそうとしていたので、
キリがないから窓だけでいいよ。さっさとここを出る方がいいよと叫んだ。
実家は、実に奥まったところにある。
何十棟もマンションの立ち並ぶところなのだが、四方八方を細く曲がりくねった坂の多い道に囲まれている。
この難所を越えれば、国道に出る。
私や息子の住む沿岸部は恐らく雪は多くない。
とにかくここから早く抜け出すことだ。
母は息子一家が心配だからせめてこの近くだけでも並んで走るかと思うが、娘は、いいよと言う。
お兄ちゃんにだって考えがあるし、大丈夫だよ。
それでも母は、先を走る身として、国道は路面に雪なしとか、今どこにいる?とかLINEしてと言う。
娘は、まさこちゃんに送ってるけれど既読にならないと言う。
ノロく、ノロく走った。
思った通り、海辺に近づくほどに降雪は減り、屋根に雪をドサっと積んでいるのは、私の車だけだ。
自宅マンションに戻り、駐車場に停めてから、車体の雪を傘で払った。
娘もやりたいと言うから、もう一本傘を出して2人でバンバン雪を降ろした。
そしてうちに入って、もらったお菓子類を並べて嬉しくなった。
スリップもせず、ハンドル取られることもなく、普通に帰って来られるのであれば、雪景色は悪くない。
少し遅れて、息子一家も無事に帰宅した。
だいぶ経って妹夫婦も。
あの時はとても写真など撮る気にならなかったけれど、せっかくの初雪。もったいなかった。
翌日は嘘のような雲一つない晴天で、あれは何だったのか?何かにばかされたのか?夢だったのか?と思った。
何も大きなできごとはなく、ささいでささやかな正月のひととき。

