「仕事だから」



この一言は、水戸黄門の印籠くらいの威力があった。



今でこそ専業主婦をしているが、娘が小さい頃は

離婚をしたため、働くお母さんだった。


娘のために・・・

ご飯を食べる為に・・・


これは、大名目だったけど、

本当は「自分の為」って言うのが大きかった。


実家に戻っていた為、自由に働くことが出来た。

残業も普通にやったし、休日も出勤したりした。


皆さんも経験があると思うけど、

こちらがいくら仕事とはいえ、出かけようとすると

なぜかしら、子供はぐずったりする。


いつも、とても寂しい思いをしていたに違いない娘。


でも、大好きなお母さん(私)に嫌われたくないと思うのか

私の母に対して酷い言葉を使ったり、

物を投げたりしていた。


しかしながら、2階で出かける準備をしている私にも

もちろん、ドタバタの音や、泣き叫ぶ声は聞こえてくる。


3~4歳、5歳、6歳・・・と

その状態はエスカレートして進んだ。


恐らく・・娘自信もどうしていいのか解らない感情

戦っていたのだと思う。


「仕事に行かないで・・・」と言う気持ちで

2階にいる私に聞こえるように、1階で泣き叫ぶ。


明らかに、私に対して「行かないで」という訴えなのだけど

小さいながらに「お仕事は大切なもの」と思っているから

そうは言えない。


でも、寂しい。

行かないで欲しい。

・・・だけど、こんなこと言ったら怒られるかも。

・・・だけど、こんなこと言ったら嫌われるかも。


行き場の無い感情は、爆発してた。

直接は身近にいる、私の母に向けられていた。


寂しさから、こういう態度になっていることは、

誰が見ても明らかだったけど、

あまりの酷さに、私の母も限界を訴えていたくらい・・


私は、出勤間際に一階に降りて娘に声を掛ける。


そのときは、決まって殆どが泣き止んでいた。


泣いても、叫んでも、ある時間が来れば

私は出掛けるから。。。諦めなのか。



あるとき、もう、誰も止められないくらいに

酷く泣き、暴れていた時、私はお仕事に遅れていく覚悟で

娘と接したつもりだったのですが・・・


これ以上時間が経つと、仕事に遅れる・・って時間が来た時、


「もう、行ってもいいよ」と、泣いていた娘がポツリと言ったの。

4歳くらいだったかな。


泣いているんだけど、さっきまでの激しさは収まり、


「お仕事、遅れちゃうよ、行ってもいいよ。」って。



私、ビックリしたんだけど・・・

「やっぱり、私の娘は賢いわ。。」なんてトンチンカンなことを思って

「ごめんね、大丈夫?」なんて、意味の無い励ましの言葉を残して

出勤したの。



思えば、「お仕事」は最強カードだった。


「お仕事」だからごめんね。

「お仕事」だから仕方ないの。

「お仕事」だから今日は遅くなる。

「お仕事」だから今日は早く行く。

「お仕事」だから、「お仕事」だから、「お仕事」だから…



そして、娘は「お仕事」と言えば、何も言わなかった。


たとえ、「お仕事」と言って遊びに行っても…だ。



私は、「お仕事」を理解している賢い娘と思っていた。



でも、大間違いだった


娘は「お仕事」が大っ嫌いだったのだ!!!



それを知ったのは、私が再婚をした娘が小学校3年生の時。



知らない学校。

知らないおうち。


そんなの、嫌に決まってるのに。


始めは猛反対したんだけど、色々話すと賛成してくれた。



あんなに猛反対だったのに。。。

後から聞いたら、決め手は。。。


「お母さん、もう、お仕事しなくていいんでしょう?」


ってことだったらしい。



お仕事に理解のある賢い娘・・・


なーんてのは、私の都合に合わせた勝手な思い込みだったのだ。

「お仕事」なんか、本当は大嫌いだったのだ。

とにかく、家にいると言うことが、とても嬉しかったらしい・・・。


(しかし、この後・・・今まで「お仕事」で我慢していた

甘えたかったのに・・・という滞在意識が爆発してくるのだ。。

これから、少しずつ書きますが。)



とても、物分りがいいと思っていたのは私の大間違い。

どんなに寂しい思いをさせていたか。


そして、それがいつか爆発した時の反動が

どれほど大きなものなのかは、この時は想像もできなかった。。


「お仕事」は何でも通る最強の言い訳に使っていた自分を

今はとっても恥ずかしく、悔やんでいます。


「お仕事」は生きる為の大切な行為ではあるけれど、

言い訳の最強カードでもなんでもない。



ごめんね。



■■■お断り■■■


この記事は、私が働いていたことにより、

娘が寂しい思いをしていたことを書いていますが、

これは、働くお母さんを否定的に書いたものでは

決してありません。


「お仕事」を理由にして、娘ときちんと向き合わなかった

わたし自身のよくなかった面を書いているのです。


働くお母さんは、大変だし、尊敬していることを

ここに、書き加えます。