こんばんは。

2021.3.11
あの日から10年が経ちましたね。

皆様いかがおすごしでしたか?
私は改めて
何事もなく過ごせている日常に
感謝だなあ、と思っています。

さて、今日は
当時のことを思い出していて
気付いたことを書きたいと思います。

それは最近向き合っていた「感情」のこと。

私は10年前の今日、
感じることを辞めた。

ということを思い出しました。



とめどなく流れてくる被害の情報、
被災者の現状…


都内にいた大学生の私にとっては
聞けば聞くほど自分の無力さを痛感して。

被災者の悲痛な叫びを聞くたびに

「つられて悲しい気持ちになることはあっても、そんなのたかが知れている。被災した皆さんと同じ気持ちになることはない。わかるとか、共感とか、そんなの嘘だ。相手の気持ちなんて一生分かり得ないものなんだ。」
「嬉しいこと楽しいことは良くないこと、してはいけないこと。」
「自分の悲しみなんて大したことない、感じるほどのものではない。」

そう思うようになりました。




・相手の気持ちは考えても仕方ないから考えない

・自分の中に浮かぶ感情は消すもの




この考えが生まれたのは
10年前の今日、この日でした。

その後、同じ年に
「自分の感情は消すべきもの」という認識を
さらに強める出来事が自分に起こり
この認識が深く根付くことになったのです。



それから10年……

私はこの認識を
変える時が来ました。

感情の大切さを知り
感じることにフォーカスしようとしても
なかなかうまく出来ない。

その原因は
10年前の今日の自分の思考
にありました。

そして、今。
もう当時の思考はいらないな、
と感じています。

相手の気持ちを考えてもいい。
でも分からなくたっていい。
同じ気持ちになれないことは悪じゃない。
それでいい。
自分がどんな感情を持ってもいい。
大きな感情も、小さな感情も感じていい。
感情を拾って、表現してもいい。

もちろん、どれも
してもいいし、しなくてもいい。




あの日から10年、
私は不要な思考を手放します。