先週の木曜に祖父が亡くなりました。

 

県外に住んでいて介護付き老人ホームに入居していたのもあり、面会制限が厳しく、次女が産まれてからは直接会えたのは私が単独で行った時に1度?

 

その後は母が訪れた時には、なるべく時間を作ってラインで顔を見て話すようにはしていましたが、段々体力も落ちてきて、通話時間も減って。

 

会いたいな会いたいなとずっと思っていて、調子が悪いようだと聞いたのが水曜の朝だったかその週の頭だったか、週末にでも弾丸で訪ねて面会できないか問い合わせてみようと思っていたら、もう木曜には旅立ってしまった。

 

時間や距離、コロナ、色々なことが重なって会えなかったことに腹が立つけど一番腹が立つのはそういうものを言い訳にしてきて満足に会いに行けなかった自分。

 

職場ではお通夜に告別式に、休んでいいよと言われて、誰も悪気ないのは分かってるのに、死んでから会えたって意味ない、じゃあなんでもっと早く時間くれなかったんだと怒りが湧いたり。

 

結局それだって、仕事を後回しにできないって判断してぎゅうぎゅう休みの日も詰め込んでるのは自分なのに。

 

それでも今回、祖父のおかげで、久しぶりに祖母に会えたことは幸いだった。

 

祖母は認知症が進んでいて、前はそれでもよく笑いよく話していたのに、今は話しかけても時々しか反応がかえってこなくなっていた。

 

最初はまったくの無表情、無反応に近くて、たくさん話しかけていると、段々反応が良くなって、最後はやっと前のように笑ったり、一言くらいなら、言葉を発してくれた。

 

じっと目を見て「わすれてないわ」って言われたときは、なんか泣きそうになった。

 

帰り際に、会えてうれしかったよ、またねって言ったら、うん、うん、って何回もうなずいてくれて、そのあと、元気でいてねって言ったら、昔とまったく同じちょっと皮肉まじりのいたずら口調で、「さあ、それはどうかわからないわ」って返事がきたときは、おばあちゃんが戻ってきた…!と思ったけど、施設で今度は1人きりになってしまったら、また無表情で過ごすんろうか。 

 

祖父は土地にこだわって県外で施設に入所していたけど、祖母はもともと土地にこだわりがなくて、場所が見つかるなら近くに住みたいなあ…。

 

認知症は進んでるけど、現時点で体的には移動できないわけじゃないと思うから、近くに来られないだろうか。

 

また会いに行けなくて後悔するのは嫌だと思うのはエゴかなあ。

 

県外に諸手続きで通っては、面会制限で短時間しか会えずに疲れて帰ってくる母を見るのも心配。

 

そんな中で、長女、次女が和室を駆け回ったりする様子は、少しお行儀が悪いけど祖母の興味を大変ひいたようで、笑顔を引き出してくれて、親戚の空気を和ませてくれてありがたかった。

 

もともとほとんど老衰みたいなものだから、悲壮感はそこまでなくて、しんみりとお疲れ様、よく頑張ったね、という雰囲気の会だったのもあり、本当におじいちゃんのおかげでみんなでこういう時間を持ててありがとうと感謝した。

 

おじいちゃんもその辺にいて、一緒に気分を味わってくれていたと信じたい。

 

祖父ゆかりの和菓子屋さんのおまんじゅうを通夜の後にみんなで食べている時には、姉妹2人して落語のネタを思い出して、

 

「まんじゅうこわい!まんじゅうこわい!」と騒ぎながら食べ、

 

おかかちゃんに至っては、食後に、「今度は熱い、茶がこわい」としっかり落ちをつける始末。

 

告別式では、お焼香をあげる時に、前に出てからやっぱりやらない、とか言うので代わりに私がやったら、

 

「やるんだったぁ~~!」とみんなの前でイヤイヤ発動しひっくり返ったのは本当に焦ったけど(TT;;

 

祖父は、本当に本当に、むっちゃくちゃ懐が広くて深い人だったから、笑ってみててくれたはず。

 

私は両親の顔色や評価をうかがいがちな子どもだったけど、唯一祖父は、きっと私がどんなことをしても許してくれる、笑ってくれる、それでいい、面白いねと言ってくれる、と信じられる存在だったかもしれない。

 

亡くなってからそんなことに気づくなんて馬鹿だけど、今まで本当にありがとう。死後のことは分からないけど、今安らかで満ち足りた気持ちであってくれますように。