きょうはグズッたけど09:00に起きて駅へ。
10:00に待合わせていたんだけど、すでに教授はいらした...。つ、つぎはもっとはやく出ます!

教授に案内されて近くの保育園を見学。
きょうは大学にもどるときの研究テーマの参考として保育の現場をみせていただけることになっていた。
教授もおもしろい人だけど、園長先生もあかるくて、おもしろい人だった。そういうお人柄を反映してか、園児達もすごく楽しそうに遊んでいた。ちょっと一緒に遊んでもらいたかったょ...。

先生方の真似をして覚えたのか、幼児が乳児とも仲良くしていて、すごいなぁと思う。こういう"異邦人"同士の交流が自然に行われるようになるところに保育園のような施設の現代的意味があると思う。
ただ園舎は仄暗くて、あまり想像力を育むような刺激的で豊かな空間ではなかったなぁ...。でも、それを保育士の先生達の努力でカバーしてる。
見学させてもらった保育園をはじめとしてわが区の保育園が抱えている問題は深刻なものがあって、デザインの問題として、ただしく問いを立てることすら難しい:というのがきょう観た率直な感想。
ただ区全体としてみたときに多様な保育プログラムを充実させれば好いという根源はハッキリしていると想う。
見学後、駅ビルに行って教授とランチ。
臆することなく、意見を交換する。教授の懐の深さに甘えてしまった。こういう大人にならないとな...。
都市デザイン史において住民参加が叫ばれたのは最近のことで...。その時問題になるのは、旧住民と新住民の対立だったりするんだけど、逆に、こどもが育ってゆく環境をどのようにつくっていくかという視点は不在のままだ。
これには原因がいくつかあって、ひとつには、日本社会ではついに"国民"という概念が理解されず、国民の意思として都市がデザインされることがなかったということ。もうひとつは、その"国民"という概念を可能にする想像力自体がもはや熔解してしまったということ。いづれにせよ、こどもを表象する機制が存在してこなかったことによる。
やはり問題は、隣の"異邦人"と如何にして連繋するか?━━━これに尽きると思う。
そしてボクの課題はこの問題意識をどのようにして具体的な研究テーマにするかということ。