脳外科で働いていたときのこと。
患者さんの安全を守るために、いくつかのセンサーが用いられている。
当時はセンサーベッドなどはなくて、踏むと感知するセンサーマット、体動センサー(患者さんが起き上がると感知する)、病棟の出入口についたセンサーを超えると感知するもの(通称お守り。お守り袋に入れたセンサーを対象の患者さんに持たせていた)の3つを駆使し、あとは環境を整えたりして安全を確保していた。
そんな中、定期的に抗がん剤のサイクルで入院してくる、しさのさんという方がいた。
脳の腫瘍に対する抗がん剤治療をされているのだが、認知症も徐々に進行していた。治療においては安静不要なので、自由にあるきまわっておられるのだが、病棟を出てしまうとひとりでは病室に帰れなくなってしまうので、「通称お守り」をつけてもらっていた。
話がそれるが、このセンサー類3つのうち、これが鳴ったらすぐに駆けつける、という優先度があって、1番は体動センサー。鳴ってすぐに行かないと、患者さんがベッドから落ちてしまう可能性がある。2番は、センサーマット。すぐに行かないと、転んでしまう可能性がある。よって、問答無用に、1番と2番が鳴ったら猛ダッシュでその部屋に行く、というのが、わたしたちの中では当たり前になっていた。
しさのさんの入院中、こばやしさんというとっても小柄なおばあちゃんが入院された。
こばやしさんは、センサーマットを使うことになった。
ある日の夜勤。
こばやしさんのセンサーマットが鳴ったので、夜勤のメンバーみんな猛ダッシュでやってくる。
メンバー3人の夜勤。
わたしと先輩が、それぞれ別の方向から走ってやってきて、こばやしさんのベッドのところで合流した。
夜勤のメンバーのもう一人は、たぶん手が離せない仕事をしていたのだろう。
ちょうど合流したわたしたちの目の前で、こばやしさんは、ベッドに戻るところのようだった。
わたしたちに背を向けて、ベッドに手をついてよじ登ろうとしている。
あれ?こばやしさん、いまベッドに戻るところってことは、ベッドから降りるときもセンサーマットは鳴るはずなのに、なぜ鳴らなかったんだろう?とちょっと頭によぎったけれど、まあまあ、とにかく忙しい夜勤なので、一瞬スルーして、こばやしさん、気をつけて戻ってね〜と思うところまで、たぶん1秒の間に頭の中を逡巡した。
そして、高齢者にありがちな、ベッドに腰掛けてくれればいいのに、なぜかよじ登ってベッドに入ろうとする背中に、「気をつけてね」と声を掛けると、「なんだね?」と振り返ってこちらを見たその顔。
こばやしさんじゃない!!しさのさんだ!!
そう。こばやしさんのセンサーマットが、降りるときに鳴らなかったのは、こばやしさんが降りていないから。
とっても小柄なこばやしさんは、ベッドにいた。
でも、布団をかぶっていたので、ベッドの足元側からみたわたしたちからは見えなかったのだ。
そこへ、ご自分のベッドからやってきた、しさのさん。
戻るベッドを間違えて、こばやしさんのベッドへ。
そのとき、こばやしさんのセンサーマットが鳴ったというわけ。
「なんだね?」のあと、先輩と、コントみたいに一瞬顔を見合わせて、「ちがう、ちがう、ちがう」と、しさのさんの手を取って、本来のお部屋に案内した。
これは、しさのさん、お守りだけじゃだめだね~と先輩と話しながら、しさのさんにもセンサーマットを使うことにした。
後日わかったのだが、しさのさんは、夜、トイレに行ったあと、お部屋を間違えてしまうようで、こばやしさんの時より前にも、男性の部屋にも誤って入り、男性患者さんのベッドに入った事もあったとか。
「この間、夜、ばあさんが間違えて布団に入ってきてさ〜。びっくりしたわ」と、男性患者さんからの話でわかったんだけど、そんな事あったなら、早く教えてよ〜!って思った。
たぶん、話せない患者さんも多いから、わたしたちが知らないだけで、いろんな人と添い寝してたのかと思う。
しさのさん。。