この作品が『"髪"を届ける話』だということです。
……おや? 閲覧者さま、何だか不思議な顔をしてらっしゃいますね?
「手紙の映画だぞ。"髪"じゃなくて"紙"を届ける、の間違いだ!」……ですって?
ご心配なく。こちらは誤植ではありません。
この映画の「髪」の重要性について以下で語らせていただきます。
【※ネタバレ注意※】
この映画は、たびたび「髪を結ぶ」という描写が出てきます。
囚われの少女・イザベラとその教育係・ヴァイオレットが仲良くなったことを表すシーンで、イザベラがヴァイオレットの髪で遊ぶという描写があります。
ツインテールにしてあげたり、結い上げて羊の角のようにしたり。
その中でイザベラはこう言います。「昔よく妹の髪を結んでやった」と。
この描写以降、ヴァイオレットの髪型が変化します。後ろでひとつに縛ったり、ダンスシーンでは片側にまとめて花飾りをつけたり。
イザベラとの髪結いを通じた心の交流が影響しているとみて間違いないでしょう。もしかしたらイザベラが髪を結ってあげたかもしれない。
後半のテイラー(イザベラの妹)パートでは、テイラーの髪をヴァイオレットが結い上げます。
それ以降、テイラーはずっと三つ編みヘアー。たぶんヴァイオレットがやってあげているのでしょう。
そしてまた、髪についてはこのような興味深い部分もあります。
イザベラが落ちこんでいるときは決まって髪がひと束、顔にかかってしまっているのです。それをヴァイオレットが直してあげる。
イザベラがヴァイオレットの過去についてヴァイオレットに質問するときは、イザベラは指でヴァイオレットの髪のひと束をくるくると回して弄んでいました。
以上のシーンから、「髪」とは心の象徴で、髪をいじることは心の交流を描くことと同義であると判断しました。
さてこの映画の最重要アイテム・手紙。
手紙とは心を届けるものと言い換えることができるでしょう(心を通わせようとするときに手紙を書いていますし)。
前述の通り「髪=心」なので、置き換えてみると「手紙=髪を届けるもの」と考えることができるのです。
よってこの映画は、「髪を届ける話」です。
「ここまで読んで、ただの言葉遊びかよ!」
そうお思いの方は……まあその通りなのでぐうの音も出ませんね。
でも映画で意図的に髪を重要なものとして使っていることは間違いないと思います。
京都アニメーションの表現力、やはり侮れない。
余談
テイラーの髪を結ってあげるシーンで、ヴァイオレットは、「二つで結ぶと解ける、三つにすると解けない」と語ります。
この「三つ」とは、イザベラ・テイラー・ヴァイオレットの三人の象徴と見て間違いなさそうです。
ラストシーンでイザベラは自分の髪を解きますが、細く束ねた三つ編みは解かないままなので、三人の交流により得たものを引き継いだままで、これからを歩もうとしていると解釈できますね。
