こんばんは。今日も休みでした。
この2日間はなんとなく何もやる気が出ず、ほとんどYouTubeを見て過ごしていました。外に出たことと言えば仕事用の革靴とプロテインを買いに行ったことと洗濯物を寄せるときくらいでした。
さて、今日は昨日の中東の話の続きを書きたいと思います。
簡単なあらすじを言いますと、大学生のころドイツ旅行の道中で立ち寄ったアブダビの景色に感動し、翌年カタールの街に繰り出し、初めて中東の地に足を踏み入れたということでした。
毎回長期休暇には海外旅行に行こうと決めていた私ですが、ついに2018年の冬、夢のU.A.E.アラブ首長国連邦の地へ足を踏み入れようと計画をしました。旅行期間は2018年1月2日から1月8日(だった気がする)。私は当時京都の大学に通っておりましたので、大晦日の日に地元の長野に帰省し、そのまま羽田空港へ向かってドバイに行こうと計画していました。
しかし、悲劇が起きました。
当時なんとなく年末からおなかが痛いなーと思っていました。が、「まあ寝れば治るっしょ」と考え普通に帰省しました。
大晦日を紅白歌合戦で終え、実家で過ごした後、1月2日、松本駅から特急あずさに乗りました。
駅まで両親が送ってくれたのですが、車から降りたときにもまた「なんかおなか痛いなぁ」と思いつつ「まあ電車で寝れば治るか」と考えていました。
しかしその痛みは徐々に強くなっていきました。新宿駅に着いた時は「やべえおなか痛い」と強く感じるようになりましたが、「まあ飛行機で寝れば何とかなるか」と思っていました。品川駅で京急に乗り換えるときには、もう歩けないほどの腹痛に見舞われました。ただそこでも「まあ飛行機で寝れば大丈夫か」とドバイへの執念は消えません。
羽田空港に22時前に到着し、エミレーツ航空のカウンターでチェックインした後です。「まあ一応、念のため病院に行っておくか」と思い、羽田空港の病院に行きました。そこでまさかの診断が下されたのです。
「4分の3の確率で虫垂炎(盲腸)だねぇ」「私なら行くことは勧めないよ」。まさかでした。というか残りの4分の1はなんやねん。
両親にも電話をし、苦渋の決断でドバイ旅行を諦めました。9万円の飛行機、3万円分のホテル代、そして300円分のじゃがりこがすべて消えてしまいました。
もし何もなかったらあの医者一生恨むで、なんて思いながら電車とタクシーを乗り継いで東邦大学大森病院に行き、精密検査を受けたところ、無事「急性虫垂炎」という診断をいただきました。乗るはずだった飛行機をフライトレーダーで追いながら、儚い時間を蒲田で過ごしました。
翌朝、1番の新幹線で京都に戻り、京大病院に入院しました。普通虫垂炎は点滴で散らす際は1週間ほどで退院できるようでしたが、私はなぜか2週間くらいかかってしまいました。
入院中は大学の友人が大勢来てくれて、まあそれはそれで嬉しかった記憶があります。退院後に吸った外の空気は本当に新鮮に感じた一方、独房から出た囚人はもっと気持ちいいんだろうなという感情もなぜか湧きました。
そんなこんなで結局ドバイには行けず、秋学期の単位も4つ落とし、私の2回生は終了したのでした。
本当ならこの後にもストーリーがあるのですが、また長くなりそうなのでこの続きは「中東について③」でお話ししたいと思います。
今日もありがとうございました。