v's memorandum
Amebaでブログを始めよう!
首都圏ではパスネット利用終了となって久しいですが、関西もいよいよ磁気カードとサヨナラなんですね。

しかし・・・まだまだ続くものだと思ってカードいっぱい持っているのに・・・
とても利用終了までに全部使い切れないので、続報(救済措置)が待たれるところです。

---------------

「スルッとKANSAI」対応カード、来年3月販売終了(乗りものニュース)

2018年1月31日には共通利用を終了
 スルッとKANSAI協議会は2016年7月1日(金)、「スルッとKANSAI」対応カードについて、2017年3月31日(金)をもって販売を終了、2018年1月31日(水)には駅の自動改札機、バスでの共通利用を終了すると発表しました。

「スルッとKANSAI」対応カードは1996(平成8)年に登場。磁気カード1枚で関西一円のJRを除く多くの鉄道やバスを利用できるのが大きな特徴でした。しかしスルッとKANSAI協議会によると、2004(平成16)年にICカード「PiTaPa」が導入されて以降、「スルッとKANSAI」対応カードの利用は減少していたといいます。

「スルッとKANSAI」対応カードを現在発売している事業者と、カードの名称は次のとおりです。

・阪急電鉄「ラガールカード」
・能勢電鉄「パストラルカード」
・北大阪急行電鉄「レジオンカード」
・大阪モノレール「モノカード」
・阪神電鉄「らくやんカード」
・大阪市交通局「レインボーカード」
・南海電鉄「コンパスカード」
・泉北高速鉄道「ブルーライナーカード」
・京阪電鉄「スルッとKANSAI Kカード」
・神戸市交通局「スルッとKANSAIこうべカード」
・山陽電鉄「エスコートカード」
・神戸電鉄「すずらんカード」
・京都市交通局「スルッとKANSAI都カード」
・近鉄「スルッとKANSAIカード」

 現在手元にある「スルッとKANSAI」対応カードは、2017年3月31日(金)の販売終了以降も、2018年1月31日(水)までならこれまでどおりの利用が可能です。駅の自動改札機、バスでの共通利用終了日までに使わなかった、もしくは使い切らなかったカードの取り扱いについては、別途あらためて告知されます。

---------------
衝撃の訃報です。。。

---------------
山本功児氏死去 64歳、元ロッテ監督、巨人で4番 長男はDeNA(スポニチ)

 巨人、ロッテでプレーし、元ロッテ監督の山本功児氏が23日午後1時41分、肝臓がんのため北九州市内の自宅で死去した。64歳だった。葬儀などの日程は未定。

 山本氏は三田学園から法大、本田技研鈴鹿を経て、75年ドラフト5位で巨人に入団。79~80年にかけては計7試合で4番に座った。84年にトレードでロッテに移籍。88年に引退するまで現役通算1217試合で打率・277、64本塁打、369打点、13盗塁の成績を残した。引退後はロッテで2軍監督、1軍打撃コーチなどを歴任。99~03年には5年間、監督を務めた。人情味あふれる熱血漢な性格で知られ、多くの選手、関係者に慕われた。

 昨年の育成ドラフトでは長男・武白志(むさし)がDeNAから2位指名を受けて入団した。山本氏は武白志が九州国際大付に進学したことを機に、美砂子夫人とともに神奈川から福岡に移住。生活面などをサポートしていた。愛息が1軍でプレーする姿を見ることなく、山本氏は天国に旅立った。

---------------

自分がロッテファンになった頃の監督はこの方でした。
正直この頃のロッテはBクラスの常連で、秋の帳尻発動と胴上げクラッシャーぶり以外はお荷物同然で、監督時代は数々の名言(迷言?)やベテラン偏重采配ばかりが目立っていた気もします。
でも、その「引っ掻き回しっぷり」が、当時パリーグの中で突如発現するあたり魅力でもありました。特に山本政権末期の2003年秋は強いし面白かった。堀さんが20本打ったり、アンダースロー渡辺俊投手が延長12回投げきったり、守護神コバマサがまだ絶対的だったり・・・そんなに目立つわけではないけど、何というか、役者が揃いつつあって、希望が持てるチームになっていったあの頃が懐かしい。当時の自宅から一番近かった西武ドームによく通って、外野の黒装束の一員になっていました。笑
この頃に育った多くの選手が2年後の日本一に貢献しており、ロッテの歴史を語る上では欠かせない人物です。
去年の甲子園では息子の武白志選手が注目されていましたね。

表舞台からはすっかり遠ざかっていましたが、まさかがんだったとは・・・
突然の訃報でただただびっくりです。。

心からご冥福をお祈りいたします。
伊集院光が満を持して朝の帯番組へ。
最近は(ネットしていないこともあり)深夜の馬鹿力もなかなか聴けていませんが・・・
一ファンとして、"らしさ"を大いに発揮していただきたいと思います。

毎日新聞にインタビューが掲載されていたので、転載させていただきます。

--------------
キーパーソンインタビュー 伊集院光さん「ラジオの動かす力は圧倒的」 初の朝番組に熱弁

 TBSラジオ「深夜の馬鹿力」(毎週月曜深夜1~3時)が抜群の人気を誇り、「ラジオの帝王」とも称されるタレントの伊集院光さん(48)が、11日から同局で始まる「伊集院光とらじおと」(月~木曜、午前8時半~11時)で初めて朝の帯番組に進出する。深夜ラジオは縦横無尽なトークで笑わせ、テレビは知的なイメージでクイズ番組でも活躍する伊集院さん。インタビューの話題は、新番組に向けた意気込みだけでなく、「オールドメディア」のラジオがチャンスを迎えているという実感、発言による「炎上」との接し方など多岐にわたった。【大村健一/デジタル報道センター】

「お化け番組」の後はハードルが低い?

 --11日から新番組が始まります。心境は。

 伊集院さん 今は割と「早く始まれ」という気持ちになっていますね(インタビューは3月24日)。子どものころ、学校での予防注射で、最初に並ぶのがいいのか、後で並ぶのがいいのか、という場面に近いかもしれません。ドキドキする時間が長いよりも、まずやってみて修正していく方がいいので、始めてしまいたいです。

 --これまでその時間帯は「大沢悠里のゆうゆうワイド」。30年間にわたって人気を維持し続けた「お化け番組」でした。後任を引き受けるということで重圧もあったのではないですか。

 伊集院さん 打診を受けてから、ずっと重圧がなかったわけではないです。でも「大沢悠里さんの後は、むしろハードルが低いんじゃないか」と思うことにしました。あれだけ偉大な番組の後は、誰がやっても勝てないですから。

 僕が生まれた東京都荒川区は町工場が多くあります。驚異的なのは、機械の振動の影響を受けずに悠里さんの番組を聞くために、ガムテープやボンドで周波数のつまみを固めた工場が何軒もあるということです。「どうせ大沢悠里が出るTBSしか聞かないから」って(笑い)。その固定を外すまでに1、2カ月はかかると思うので、それまでは習慣として聞いてもらえるんじゃないかと思います。悠里さんにはかなわないけど、それまでに僕らなりに面白いことをやっていくのが最初のチャンスであり、使命だと思います。

 --どのような番組にしたいと考えていますか。

 伊集院さん 具体的にはこれから固めていくのですが、番組名「伊集院光とらじおと」の「と」の部分を大事にしたい。「伊集院光の~」という番組名ではなく、「と」にしたのは、つい僕が出しゃばりがちだったのを、この番組では皆さんにいろいろと教えてもらいたいということですね。

 深夜ラジオとは違う層の方も聞くので、そのリスナーを意識したいなと思っています。たとえば、僕は子どもがいないので、子育ては空想でしか話せません。番組のアシスタントやリポーターのオーディションも全部、立ち会ったのですが、子育ての経験がある方の声はぜひ入れたいなと思って何人か入ってもらいました。あとは時間帯も考えて、健康に関する企画は考えています。ご覧の通り、僕には分かりやすい不健康な部分があるので(笑い)。

 4月からは深夜ラジオに加えて、月曜から木曜までの朝の番組をやるので「体に気をつけて」とよく声を掛けてもらうのですが、たぶん始まった方が体調は良くなる気がします。カミさんなんか、「早く始まれ」って思っていると思いますよ。

 --1995年10月に始まった「深夜の馬鹿力」では、テレビでの温和で知的なイメージとはかけ離れたブラックな笑いも多いです。

 伊集院さん いつも「こうすれば面白い」ということは考えているので、違いはあまり意識してないですね。今までも「深夜ラジオだったらこうするけど、昼間の番組ならこうする」という具合に考えていたアイデアが結構、たまっていたんです。昨秋にBS12トゥエルビで放送されたテレビ番組「伊集院光のてれび」で、主演・企画・構成・演出・編集・ロケハンのすべてを自分で責任を持ってやってみたので、テレビの企画も考えていますし。

 企画を考えるのは趣味みたいなもので、「自分が女性アイドルだったら、こういうことする」とか、家の近所の床屋の改善案とか、頼まれてもないのに考えています。床屋の改善案は首から下を覆う布の胸の辺りだけビニールにして、スマートフォン(スマホ)をチェックできるようにしたら便利なんじゃないかってものです。これ、本当にいい案だと思うんですが。

 
11日スタートのTBSラジオの新番組「伊集院光とらじおと」の記者発表で抱負を語る伊集院光さん(中央)。左は木曜の番組アシスタントのタレント・柴田理恵さん、右は木曜アシスタントで、元TBSアナウンサーの有馬隼人さん=2016年3月18日、大村健一撮影
「ラジオの帝王」と呼ばれる理由

 --深夜ラジオとしては異例の聴取率を誇る番組を手がけ、「ラジオの帝王」「ラジオの天才」などと呼ばれていることは、どのように受け止めていますか。

 伊集院さん この手の呼称は、範囲が限定されればされるほど(語感との)落差が出ます。エジソンは偉大な人ですけど、「日暮里のエジソン」だと全然、意味合いが違ってきますよね。僕自身はラジオがそんなに狭く限定された世界だとは思ってないですけど、記者の方が「ラジオの帝王」と言ってくれたその口で、「今、ラジオは低迷していますけど……」と言われると、「西日暮里3丁目のエジソン」と言われたような気持ちになりますね(笑い)。もちろん、言われることのうれしさもありますが、「バカにされているのかも」とも思います。

 今どき持ち上げられても、いいことは何もないですから。「わっしょい」されても、落とされる距離が長くなるだけです。世の中、持ち上げてから落とすまでのスピードがどんどん速くなっている気がします。このコーナーだって「日本の新聞で一番、面白いインタビュー欄です」と誰かに書かれたら、ちょっと嫌な感じにもなりませんか?

 --うれしさもあるけど、ものすごく「あら探し」をされそうな気がしますね。

 伊集院さん ですよね。もうちょっと緩やかに褒めてほしいです。

 --自分の番組が支持される理由についてどのように分析していますか。

 伊集院さん 「長くやっているから」ぐらいしか思い浮かばないですね。30年近くラジオ番組をやってきて、自分なりの漠然としたテクニック論はもちろんあります。でも、朝の番組を始めるから健全なことを言うわけではないですけど、それよりも大きいのは「自分のラジオ番組を聞いてくれている」ということに対して、相当に感謝していることだと思います。

 これだけ便利にいろいろな情報に触れられる時代にわざわざチューニングを合わせて聞いてくれていることへの感謝はでかいです。他の人のラジオを聞いているとき、「僕はもっとリスナーに感謝してるけど」って思うこともあります。今でもリスナーから送られてくる何千通のネタのメールやはがきを何日かかけて自分で全部読んで、採用するものを決めています。

 --本来は放送作家などのスタッフがある程度まで選別すると思うのですが、なぜそこまで?

 伊集院さん 面白いものを送ってくれたにもかかわらず番組で読まなかったということがあったら、絶対に申し訳ないですから。一方で、番組で初めて僕が目を通すことによって生じる面白さもあると思うので、新番組は事前に目を通さなかったものを読むコーナーも作る予定はあります。

 非効率的なことを続けている自分に、酔っているところも少しあるかもしれませんね。他の芸人と違って定期的にお客さんの前でコントなどのライブをやるわけではないので、ある程度、「ラジオが本業」という意識を持つためにも、その点はしっかりやりたいし、「ちゃんと手間をかけている」と思えることで、安心できる部分もあると思います。

 
新番組「伊集院光とらじおと」に向けた抱負を語るタレントの伊集院光さん=東京都港区のTBSで2016年3月24日、大村健一撮影
「ラジオを知らない世代」と「スマホを知らない世代」の橋渡し

 --深夜の番組とはリスナーの年齢層もかなり違いそうですね。

 伊集院さん おそらく僕より年上のリスナーが増えると思います。僕は今48歳。番組で世代の橋渡しをしたいと思っています。

 僕は若くして落語家(現・三遊亭円楽)に弟子入りしたので、先輩のお年寄りの師匠たちの話をよく聞きました。新幹線がなかったころの移動の話とか本当に面白かった。逆に僕も、若い後輩芸人に「携帯電話がないときって、どうやって待ち合わせをしたんですか?」と聞かれたことがあります。駅に伝言板というものがあって「来ないからここに行っているよ」ということを書き残して、そこにも来なかったら「今度はここに行くよ」というのを伝言して……というようなことを話したら「なんかゲームみたいで面白い」って言われました。

 逆に僕が若手の話で驚いたのは「(渋谷の)ハチ公前」を待ち合わせであまり使っていなかったこと。「渋谷の近くにいるなら電話すればいい」ということだそうです。僕は感覚が古いから、どうしてもハチ公前で待ち合わせをしてしまう。そういうのって面白いと思うんです。

 --世代間のギャップをあおるのではなく、互いに尊重し合える関係が理想なのですね。

 伊集院さん 昭和の懐かしいものを取り上げるテレビ番組に出ることもあるのですが、若い方は昔の流行を「ダサい」と言い、年配の方は「そんなことも知らないのか」って関係性によくなるんです。それは絶対に違うと思うんですよね。そのギャップが面白いのに。

 昔と違って年代ではなく、嗜好(しこう)で人が集まるケースが増えているとも感じています。昔はウルトラマンの話をするのは、ウルトラマンを実際に見た年代がほとんどだったと思います。でも今は、DVDなどで手軽に見られるので、自分のおいっ子のような世代と、年代の壁を越えて(ウルトラシリーズ第1作の)「ウルトラQ」の話ができます。その中で、僕らの時はビデオがなかったから「ウルトラQの合間にこんなCMが流れていた」というような年代ごとのグラデーションが出るんです。「ラジオが好き」という共通点の中で、さまざまな年代のグラデーションが出せたらいいなと思いますね。

 もう一つ、大事だと思っているのは今、ラジオという文化を全く知らない若い世代がいるということです。僕は彼らが別に「これはラジオ番組だ」って分からなくてもいいと思っています。スマホのアプリだと思ってくれればいい。周波数とか、ラジオの歴史とか、何も知らなくていい。「面白いこと、やってんじゃん」と思ってくれれば。同時に、スマホやツイッターという単語が分からないお年寄りもいると思うので、その世代への配慮や尊敬は大切だと思っています。

企画会議に営業担当者を同席させる理由

 伊集院さん もう一つ、今回ワクワクしているのは、番組内のコーナーを考える企画会議に「TBSラジオの営業の人も出てくださいよ」ってお願いしたんです。僕が「このスポンサーがタイアップ(協賛)してくれれば企画が成り立つんだけど……」と投げかけると、TBSラジオの営業力はすごいので「思い当たるところがありますよ」って見つけてきてくれる。

 僕が言っても「釈迦に説法」だと思いますが、大きな組織だと(制作の)現場と営業の足並みがなかなかそろわないことって多いでしょう。それを何とかしたい。「営業がいてくれるから企画が面白くなる」という関係を作っていきたい。

 --確かに双方にメリットが生まれるかもしれないと思う半面、消費者に広告と気づかせない広告「ステルスマーケティング(ステマ)」につながる恐れもあるのでは……。

 伊集院さん ステマはリスナーへの裏切り。それとは違います。今、僕はTBSラジオの「たまむすび」(月~金曜、午後1~3時半)の中で毎週金曜の午後3時から「週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう!」というコーナーをやっています。ゲストにおすすめの映画を紹介してもらい、その後に僕がレンタルDVD大手の「TSUTAYA」でその作品を借り、見てからもう一度ゲストを招いて内容を語り合う企画です。

 このコーナーは僕が「この企画をTSUTAYA側に持っていってくれ」というところから始まりました。ゲストがいくら「面白い」と薦める映画でも、リスナーが手に入らないものでは仕方ない。TSUTAYAに協力してもらったことで、どのくらいその作品が全国に分布しているか、すぐに把握できるようになりました。TSUTAYAにこのコーナーの小冊子を置いてもらったり、ゲストの紹介をきっかけに過去の作品が見直されたり、いろいろな相乗効果が出ています。この形が理想です。

 今、ステマみたいなものは、はやらないですよ。見ている人も頭が良くなっているから「これはステマだ」って、すぐに気づく。堂々と「この企業が力を貸してくれたから、企画が成り立っています」と前面に出せばいい。

 --もしスポンサー側と意見が食い違ったときに対応が難しくなるようにも思います。

 伊集院さん そのときはこちらの要望をしっかり伝えるようにしていますね。実際、僕の考えた企画だと他社への言及が必要になったので、提携しようとしていた企業からNGが出たこともありました。そのときは「ちょっと今回はできないね」という話になりました。営業の方は本当に苦労していると思いますが、そのあたりのチームワークは取れていると思います。

「スマホに落とし込める」コンテンツが優位になった?

 --新番組の記者会見で印象的だったのは「ラジオにチャンスが来ている」という言葉でした。これまで伊集院さんは「ラジオの低迷」について聞かれたとき、「最近、低迷していると言われているけど、僕たちが中高生のころからすでにラジオを聞いている人はクラスに2、3人だった」というような話をすることが多かったと思います。

 伊集院さん 確かに(人気番組だった)ビートたけしさんのオールナイトニッポンも、僕はリスナーでしたが、自分のクラスで聞いていたのは2、3人ぐらいでした。それでも聴取率から考えれば十分にすごい数字ですが。でも逆に今は、多チャンネル化や個人での配信などが出てきて、視聴者が分散されました。ラジオはそうした状況におけるノウハウが、すごく蓄積されていると思うんです。

 もう一つは、スマホに落とし込めるコンテンツの時代になってきたと感じているからです。かつてラジオや映画から、テレビに主流が移っていく過程においては、CMが挟めなかったり、「絵」がなかったりする「テレビに落とし込めないもの」は面白くないと判断された時代があったと思います。その主流がテレビからスマホに変わってきつつある。ラジオは割と簡単にスマホに落とし込める気がしています。

 --さまざまなメディアの中で、ラジオの長所は。

 伊集院さん 昨年、自分のテレビ番組で、お笑いの「シークレット・ライブ」の場面が必要になったので、深夜のラジオ番組で呼びかけて、応募してくれた方の中から200人を抽選で選んでチケットを送りました。そのうち、ライブ当日にどのくらいのお客さんが来たと思いますか? 200人ですよ。200分の200。意味が分からなくないですか(笑い)。通信販売の番組でも、テレビとラジオを比較した場合、視聴者数と商品を買った人の比率はラジオの方が圧倒的に高いでしょう。

 どの企業も、テレビCMからホームページに誘導したり、インターネット上の動画の冒頭で強制的に見せたりというように、物量に頼り過ぎずに広告を効率的に打つために一生懸命です。その点において、ラジオの視聴者を動かす力は圧倒的だけどねって思っています。宣伝したい商品の特性にもよりますが、「うちの商品ならラジオなんじゃないか」って思ってくれる広告主も多く出てくるのではないかと思います。

すぐに「炎上」する時代に発言するということ

 --ラジオの「チャンス」について聞きましたが、一方で困難はありませんか。

 伊集院さん たぶん新聞も同じだと思うのですが、エッジの利いた(尖った)ことを言うと、すぐに拡大解釈をされたり、発言をデフォルメされたりしながら、ネットを介して批判されるという点ですね。それを受けて「ネットけしからん、匿名けしからん、禁止にした方がいい」という人もいます。でも、僕は逆にどんどんやってほしい。極論を言えば、やり過ぎて逮捕されたり、訴えられたりということも、もっと起こればいい。

 それを繰り返すうちに、源となった発言とのギャップが相当にあったことなどを確認する人が出て「ネットの情報は正しいとは限らない」という感覚を持つ人が増えてくると思うんです。逆に「匿名だけど、この人の書いたことには信ぴょう性がある」ということも出てくるでしょう。そうした形でしか、現状が良くなる方法はないんじゃないですか。

 たとえば、うちの母はワープロの世代ではないから「活字」で印刷されたものに弱いみたいです。怪しげな活字の広告がポストに入っていたとき、「出版社や新聞社でしか作れない活字を、人をだますためにわざわざ個人のポストに入れるはずがない」と信じてしまう。でも、僕らは活字で書かれていても、怪しいものならすぐに気づきます。それに近いと思う。

 実際、僕のツイッターにはラジオを聞いた後、発言をエキセントリックにあおった記事を見て「あの発言がこういう記事になっちゃうんですね。笑えますね」と伝えてくれるリスナーもいます。それが分かれば「他の人の発言も誇張されているんじゃないか?」と疑うようになるでしょう。そういう人がどんどん育つには、ふたをするやり方ではダメだと思う。

 --確かに、過剰にあおったネット上の記事に関しては、それに乗ってしまう読者だけでなく、反発する読者も増えてきた気がします。

 伊集院さん 世の中、そんなに頭は悪くないですよ。今、少し怖いのは新聞社のネット上の記事でも、放送をそのまま書くことが増えてきた気がすることです。最近はテレビ番組だけでなくラジオ番組にも目をつけてきましたね。伝え方としては匿名掲示板などに比べて冷静で正確だと感じますし、その点はさすが新聞社だなと思うのですが、放送を新たな取材もなしに記事にして閲覧者数を増やすのは、恥ずかしいことのような気もします。たぶん、最後の最後には「良いほうの我慢」をしたメディアが「冷静だった」という評価を得る気がします。

 --朝の番組ではこれまで以上にニュースに触れることになると思うのですが、「炎上」が頻発する現状で発言する窮屈さは感じていませんか。

 伊集院さん その時点で分かっている情報でしゃべろう、と思っています。その後に状況が変化したり、言い方が間違っていたりすることはあると思います。「公共の電波で間違ったことを言うつもりか」と言われると大変に申し訳ないですけど、僕は間違ったこともたぶん言います。真摯(しんし)に臨んだ結果ですけど、きっと言います。だけど「間違っていました」ということも言います。それはどんどんやっていこうとスタッフと話しました。これからはほぼ毎日しゃべるので、昨日まで分からなかった事実を踏まえて修正できる点はありがたいと思っています。

テクノロジーの進化でどこでもクリアに聞ける時代に

 --伊集院さんはツイッターに早くから投稿を始め、47万人を超えるフォロワーがいます。番組でもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や動画などを活用しますか?

 伊集院さん とりあえず今、考えているのは放送後記のようなブログ(http://lineblog.me/ijuinhikaru)を11日から始めます。手を広げればいいというわけでもないので。

 --高層ビルなどによる難聴取地域の解消のため、昨年12月、首都圏でAMラジオの番組をFMラジオの周波数で聞くことができるFM補完放送(ワイドFM)が始まり、ラジオにとって追い風になりそうです。

 伊集院さん 今はパソコンやスマホで無料で番組を聞くことができる「radiko(ラジコ)」もありますし、月額350円(税別)の「radiko.jpプレミアム」に入れば、全国の放送局の番組を聞くことができます。和歌山に住んでいる義理の両親も入ったので、もう悪口が言えなくなりました(笑い)。何年か前にマンションが建ってラジオが入らなくなった人も、転勤でお気に入りの番組がある放送局から離れた人も、聞けるようになりました。これだけそろっていれば、皆さんにとって聞きやすい形がきっとあるので、「ラジオは意外と簡単に聞けるんですよ」ということは広めたいですね。

----------


【試合結果】(スポニチ)

土曜日に引き続いて関西遠征シリーズの現地観戦。
前日まで雨予報で開催できるか微妙でしたが、曇天ながらどうにか試合終了まで一滴も降らずにもってくれました。

【試合所感】
ロッテ先発は左腕・古谷。5回を投げ無失点、要所を締めるピッチングを披露してくれました。公式戦で同じ内容で6~7回までもってくれたらありがたいところだと思います。貴重な左腕ですし、ローテ入りを期待したいです。
6回以降は益田、松永、南、黒沢の継投でした。益田はクローザー時代を彷彿させる投球。南も見ていて危なげない、いい投球でした。この2人が勝ちパターンの中継ぎで計算できると、後ろが厚い中々の布陣になりますね。
一方の松永は1回を3失点。ルーキー時代はフル回転でいい働きでしたが、その後は打ち込まれるシーンが多いような・・・単調であっさり打たれる印象でした。黒沢は・・・正直打たれるべくして打たれた感じ。シーズン中なら余程の大差がつかないとできないお試し継投でしょうが、それにしては後味の悪さだけが残る9回裏でした。

打撃陣は2番荻野が4安打の固め打ち。甲子園でいかにもロッテなあっさりポップフライから一夜、あれだけ右に左に打つと見ていて気持ちがよかったです。今年こそ怪我なくシーズンを乗り切れるか。他にも重盗が結果的に成功して先制点をあげたり、高濱が綺麗な弾道のアーチを描いたり、逆転された直後の8回に逆転タイムリーが出るなど、少ないチャンスをモノにするロッテらしからぬ?攻撃が垣間見ることができました。一方であっさり三者凡退もあったり、オープン戦序盤で絶好調だった井上からは快音聞かれず・・・。また今日は江村が最後までマスクかぶってましたが、結局レギュラー捕手は誰になるのでしょうか??

オリックスは先発の近藤が5回2失点。新人ですが、投球を見ていて、いい意味で新人っぽくなかったです。厄介な相手になるかも。新外国人のモレル、ボグセビックもそれぞれ安打が出ていました。
あと、サヨナラホームランのT-岡田の打球が5メートルくらい隣の席に着弾しました。間違いなくスポーツニュースに観戦していた自分が映るでしょうww

【今日の応援席】
・1回表の攻撃開始時、いつものオープニングではなく、球場名にもなっているわかさ生活の「ブルーベリーアイ!」の替え歌で遊ぶ。その間に先頭の伊志嶺があっさり凡退。。
 (でもこれ京都の定番でアリかと。「行け行けロッテ 千葉ロッテ♪」・・・次ってあるんだろうか?笑)

・6回表前に田村の新応援歌を練習。その後も何かやってたけど・・・コールの人がセンター寄りに来てくれたけど、結局分からずじまい。。

【その他】
初の京都観戦でした。花粉がひどくてひどくて・・・球場にいる間ほぼずーっと鼻かみっぱなし。そんなに近くに杉は見当たらなかったけどなぁ。。
でも同じ花粉症のT-岡田にサヨナラホームラン打たれました。オープン戦とはいえ、9回表までロッテペースでいい試合だったのに・・・せっかく前日に初芝駅前のコンビニでチケット引き取ったのに・・・←

----------

 ロッテの2番・荻野が4安打を放った。左前打2本と右前、中前と広角に打ち分け「安打が出てよかった」。

 前日の阪神戦(甲子園)前の打撃練習中に、伊東監督から「足が武器なのにフライが多すぎる」と左脇にボールを挟み、脇を締めてゴロを打つスイングを徹底指導された。9回無死満塁で二飛を打ち上げた反省も生かし、この日の固め打ちにつなげた。

 オープン戦4試合で16打数7安打、打率・438と好調の30歳は「自分のできることをやるだけ」と力強く話した。



 オリックスのT―岡田が2試合連発となるサヨナラ弾を放った。1点を追う9回無死一塁、黒沢の外角直球を左中間席に運ぶ2ランアーチ。「まさか入るとは思わなかった。チャンスで1本打てたのは自信にしたい」。

 花粉症に悩まされ、この日は球場でクシャミを連発したが4番を争う大事な時期での好結果。福良監督は「反対方向の(本塁打)は久しぶりに見た。6、7番なら相手は嫌」と話したが、T―岡田は「いい競争ができれば」と中軸を最後まで狙う。

----------


【試合結果】

オープン戦真っ只中。例年この時期のロッテはキャンプ地沖縄から試合をこなしつつ千葉に帰る途上です。
今年はそんな途上である関西までオープン戦を観戦しに来ました。自分も公式戦に向け"調整"です。←
今日の舞台は甲子園。今年は交流戦の阪神戦は千葉で行われるため、日本シリーズでの対戦がない限りは今年最初で最後の"聖地"です。

【試合所感】
ロッテ先発は大嶺兄。スタンドから見ても分かるカーブが冴え渡り、5回1失点と好投。阪神の打者から面白いように毎回の6奪三振で、スポーツ紙にもありましたが、満場一致の先発ローテ確定でしょう。しかも今日は去年までと違って立ち上がりから良かったです。見ていて安心できました。
6回以降はスタンリッジ、大谷、内とリレー。スタンリッジはランナーこそ出すも2回を無失点。こちらも先発ローテの一角を担うことになるでしょう。大谷は去年の疲労が溜まっているのでしょうか。もう少し中継ぎがいれば・・・。内はランナー出しましたがいい投球でした。シーズン終盤の忘れた頃に欠かせない活躍をしてくれますが、今年は怪我なくフルで活躍して欲しいです、本当に・・・。

攻撃陣は阪神先発の能見を前に、ランナーを出しつつも要所を締められて得点できず。2番手の新人青柳が3連続四球と"アガって"いてもらったチャンスから荻野のタイムリーなどで2点先制しましたが、8回まで散発3安打、事あるごとにポップフライあげてばかりの"いつものロッテ"でした。
9回に打線がつながり、吉田のタイムリーで勝ち越して勝利しましたが、これがシーズンであるのなら「もっとラクに勝つべき」試合に当たるのかなぁと。

阪神はドラ1ルーキーの高山がいいみたいですね。甲子園プロデビュー戦で、1安打されていました。またオープン戦ならではですが、いろんな選手を使っていました。若手にとっては監督が交代した今がレギュラー奪取の好機でしょうから、必死の様子が伝わってきました。

【今日の応援席】
・本拠地から遠く離れた関西でのオープン戦とは思えないロッテファンの入りよう。外野席のファン割合は、互角とまでは言わないまでも、阪神6:ロッテ4くらいだったと思います。見たか、これが物好きの為せる業だ。来年の交流戦はビジター応援席増やしてね。ww
・甲子園限定の"かっせかっせ○○"や"トリトン"が発動。9回は密集応援からの決勝打で、ファンとしてはとてもいい形で盛り上がれましたね。We are 千葉ロッテが響いていました。

--------------------
ロッテ・荻野 チーム唯一のマルチ、適時打も9回好機凡退悔やむ(スポニチ)

 ロッテの荻野がチーム唯一のマルチ安打となる2安打1打点の活躍を見せた。

 2番・右翼で先発し、初回1死で中前打を放つと、5回1死一、三塁では左前適時打。だが、9回無死満塁で高めの球に手を出して二飛に倒れ「ボール球に手を出してしまった。しっかり見極めないといけなかった。打っても安打にならない球」と悔しがった。


ドラ1高山、プロ初甲子園で初安打(デイリー)

 2016年の甲子園初戦で黄金ルーキーが輝いた。阪神ドラフト1位・高山俊外野手(22)=明大=が五回、プロ入り後聖地初安打となる中前打を放った。金本阪神の本拠地初陣にかけつけた1万4000人の虎党に、あいさつ代わりの巧みな一打を披露。これでオープン戦は3試合連続安打。開幕1軍へこのまま突っ走れ!

 高山の打球が二遊間を抜けると、甲子園が大歓声に包まれた。プロに入り、初めてとなった聖地での試合。かけがえのない思い出が、頭の中を駆け巡る。だが、感じた雰囲気は今までとは違っていた。声援を送る虎党の声が聞こえる。プロ野球選手であることを、実感した瞬間だった。

 「球場の雰囲気にのみ込まれないように、自分のペースでいこうと思いました。舞い上がることなく、いつも通りいこうと。自分らしく、できたんじゃないかなと思います」

 五回、先頭で立ったこの日の2打席目だった。ロッテの先発・大嶺祐の初球を見逃し、カウント0-1。真ん中から外に逃げるツーシームに体が反応した。バットの先でボールを捉え、打球は遊撃手の横を抜けて中前へ。卓越したバットコントロールでHランプをともした。

 3、4日のソフトバンク戦でも結果を残したルーキーは、これでオープン戦3試合連続安打。1軍級の投手を前にしても、気後れすることはない。がむしゃらに白球を追いかけていたあの頃も、同じような気持ちだった。

 「甲子園に出たかったので」と選んだ東京・日大三で、3度の夢舞台に立つことができた。高3夏の甲子園決勝、青森・光星学院戦では、バックスクリーンへ飛び込む弾丸ライナーの一発を放ち、チームは全国制覇。同大会は「5番・右翼」で打率・500、2本塁打。夢に見た場所で、自信を得た。「どうなるかはわからないとは思っていましたけど、プロになる道は考え始めていました」。夢の続きが、芽吹き始めた時間だった。

 あの時から5年-。世代屈指のヒットメーカーに成長し、プロの扉を開いた。背負う番号は、高校時代と同じ「9」。だが、蔦(つた)の絡まる球場は、仕事場となった。

 オープン戦は残り11試合。開幕スタメンをかけた戦いは、今後より一層激しくなる。「打席では、自分のことを考えてきたいです」。1打席に思いを込め、全力スイングでレギュラーの座をつかんでみせる。高山が、甲子園で再び輝きを放つ。

--------------------