なんか漠然と不安?とまで言わないけどソワソワソワソワして止まんない事ありますよね。ありませんか。ありますよねえ~~~?
今それです。
財布ないかも!ってなったから?歯医者ドタキャンになっちゃったから?仕事でなんかどう動いていいのか分かんなくて人の顔色伺っているから?小説でハラハラしたから?またひとつ季節が変わろうとしてるから?これら全部が少しずつなんかソワソワさせてきている?
落ち着かないなぁ
あ、あ、そういえばずっとだらっと読んでは放置を繰り返していた、一切熱中しなかった本をようやく雑に読み終えました。
東野圭吾のナミヤ雑貨店というファンタジーもんの小説です。
先述したハラハラした小説はこれです。
読み進めていると、殆ど内容を覚えていないはずの伊坂幸太郎のラッシュライフを思い出したんですけど、多分なんか近いものがあったんでしょうね。内容覚えてないんですけどなんかライフがラッシュしている小説だった気がします。
ナミヤ雑貨店も、複数の登場人物が出てきて無関係なようで繋がり、ライフがラッシュして「ああ!あの時の!!」となるような感じでした。
様々な人間模様やライフがラッシュしていく様がこの小説の面白いところだと思うんですけど、東野圭吾氏、ひとつの事を無駄に細かくだらだらと書く事がままあるんですが、この本は特にそれがひどくて、登場人物の中にビートルズが好きな人間がいたんですけど、そのビートルズの情報をいーーーーーっぱい書くわ書くわ。
結構色んなところでそういう部分が目立つ印象だったので全然最後まで熱中できず、なので「雑に読み終えた」と書きました。
あーはいはい、と文章読み飛ばすレベルだったんですけど、そのビートルズ好きの人物が出てくるエピソードはオチの後味が悪かった事もありちょっと心に残った。
ビートルズ解散当時、ネットの普及もなく情報源が新聞やラジオだった頃、今以上にふわっとした憶測が無根拠に飛び交い、ビートルズの活動終盤はやる気なく演奏していただのと囁かれていて、そんな中公開されたビートルズのドキュメンタリー映画「レット・イット・ビー」が解散の理由がわかると話題になり、その映画をこの話の主人公が見て、楽しそうに演奏している、意欲的に映画を撮っているようには見えずショックを受けるんですよ。
これを見れば解散の理由が分かると聞いていたけれど、それも分からなかったと書いてあって、そうやって活動に意欲的でない事が理由って事にはならんのか?と読んでる途中思ったんですが『実質的にはすでに終わっていたビートルズだったからだ。どうしてこんなふうになってしまったのか、それが知りたいと思った』と書いてあり「あ、確かに~~~~~~~」となった。
人との繋がりは、具体的な理由からではなく、心が切れてしまって離れるもので、具体的理由がある場合もあるけれど、それは後から言い訳みたいに出てきたもんで、その事象が起こった時に繋ぎとめる事をしない選択をすること自体、心が切れてしまっているからだみたいな事が書いてあって改めて「あ、確かに~~~」となった。でも繋ぎとめようとしないに至るまでにやっぱりふわっと漠然とは何かはあるはずで、ようは積み重ねという話ではとも思い、思考が無限ループに入りました。
人との繋がり、切ろう!!と思って切る事、気が付いたら切れていた事、切ったつもりだったけれどもまた繋がったりする事、色々ありますよね。
人間との繋がり、大事にしてますか。
私はしてないです。
でもネットのつながりは大事かも…。
今の楽しいのほぼすべてがネットに依存してますし、このネットにいる人間のおかげで変われた事、救われた事たくさんありますし。切ろうと思えば一瞬で簡単に切れてしまう場所だけれど、だからこそ大事にしないと無くなってしまうから「なくしたくないなぁ」としみじみ想い、大事にしないとなと改めて思う機会が多々あるように思います。
でも大事にするって何ですか。
どうすれば大事にしてる事になります?
たまには声かけるとか?
でもそれって用事があるからとか、用事がなくとも声かけたかったからとかなんか話したかったからとかで声をかけるべきで「たまには声かけとかないとなw」みたいなん、なんかちょっと違くない?とか思う自分はやっぱりめんどくせぇですかね~~~~~というかそもそもそういう精神でしか声かけない人間は別に大切にすべき関係性とはまた違うのではとか思ったりもするしいやだからそういう精神性を改めないと人間関係築けないし狭く深くをやめましょうよって自分で思ったはずだったのにやっぱりなんかうーんこういうのを性に合わないと言うんですかねぇ感覚が分からないと言うか皆そんな暇じゃないでしょそんな精神で人の時間さこうとするのも寧ろ失礼なのではみたいな感情もあったりもするんですけどどうです?
どうでもいいですか。
何の話でしたっけ?