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都内某私立大学1年生あずさのブログ

ごくごく個人的な思い、気づき、主張をつらつらと書き記していこうかと・・・

「記念日」ってそれぞれ。

冬の昼下がりの公園の陽だまりのように
なんでもない日常風景だけど、
でもとってもありがたくて、大切な存在なんだよね。

私にだって記念日はあるよ。



でも、
もうずーっと前からわからない、理解できない、
違和感を感じる記念日がある。


「原爆記念日」
「終戦記念日」



だって「記念日」って言葉には、
なにかワクワクする、思い出すとひとり笑いしちゃったりする
自分にとっての宝物みたいな感覚があるからね、


私がこれまで受けてきた教育を基に培われた歴史観から考えるのは、
8月6日、8月9日は日本の非戦闘民を米国が大量虐殺したという意味で
断じて記念日などではなく、「反米」の日であるべきだと思うし、
8月15日はましてや記念日であろうはずがない。


沖縄の人たちの心の傷を理解しているのか??
沖縄戦とはいかなるものであったのか?
民主党の議員の果たして何人が理解しているのでしょうか?


もちろん日本もアジア諸国で残虐行為を繰り返したことは
忘れてはならない事実です。



私が言いたいのはなぜ日本人はここまでお人よしなのかってことです。


領土の不法占拠は国際法上重要な違法行為であるのに
ロシアや中国の無法行為になすすべもなく、
米国の軍事戦略に何の意見も挟めず・・・。


なぜ野田政権は国連、国際司法裁判所にこの中国の尖閣諸島の問題、
韓国の竹島、ロシアの北方領土と南樺太の侵略行為を提訴しないのか
まったく情けなくなります。



私は国家も企業も個人も「自国」「自社」「自分」というものを
明確に他人に説明できないのであればやがては滅びると思うんです。


簡単に言えば、
「本当の意味で自分で自分を理解していなければ、
なおさら他人はあなたを理解し得ない」ということです。



「記念」という言葉を
「こころにしるす」「たましいにねんじてきざみこむ」
という解釈の仕方はあると思いますが、一般的にイメージされる「記念」とは
あまりにかけ離れている歴史的事実を日本の国民は理解しているのかと思うと
はなはだ疑問。