日本が直接的に戦争をしなくなって79年。
私の祖父はふたりとも召集令状で戦争に行っているし、母方の祖母は大空襲を逃げのびた。
でも、祖父はふたりとも、兵隊として生きた頃の話はしなかった。したがらなかった。
この映画は、若者に戦争の悲惨さや理不尽を伝えたいのはわかるんだけど、、、
やはり、美しすぎる。
日本は負ける、という言葉を口にしたら、死が待つ世界で、なぜか、その言葉を口にしたあともまわりに受け入れられるゆり。
空襲されたら兵隊さんは民間人を助けになんて行けなかったはずでは?
制空権を取られていても、やらなければならないことはたくさんあったはず。
なにより、無許可で留守にすることは違反だった。
なのに、空襲で命の危険が迫っているゆりをなぜか見つけ出し助ける佐久間、、、。
特攻隊であることはおろか、出撃命令も、家族にさえ秘密だったはず、、、。
なのに行きつけの食堂で、出撃命令が出たと宣言し、挨拶する隊員。
まあ、家族にいえない分、食堂のひと達にはいえたのかも。
天涯孤独となった16歳の婚約者をひとりにしおけないと、先輩隊員たちを前に、『生きたい』『お国のためより彼女のために生きたい』というシーン。
そして、佐久間に、『俺たちのぶんまでいきろ』と言われて、去るシーン。
いや、、、ありえないだろ。
帰る場所なんてない。
まっているのは、憲兵隊による逮捕、投獄、死。
出撃時刻もおかしい。
制空権も制海権もとられていた日本は、あんな完全に日が昇ってから、住民に日の丸を振られながら出撃するなんてしていなかったのでは?
だって、何百キロも飛ばなければならなかったのよ?
空母がないから。
実際には、敵空母のはるか手前で待ち伏せされて、撃墜されていたわけだし。
夜が明ける前に出撃していたはず。
この映画をみた若者達は、なにを学ぶかな。
学ぶ必要なんてないのかもな。
昭和99年だもんな。
でもね。
自分の意見、自分の気持ち、自分の命。
そんな、私達には当たり前のことを知らずに生きたひと達がたくさんいたんだよ。
太平洋戦争末期の特攻隊員たちは、志願して入隊したわけではないひと達がほとんど。
赤紙一枚で、数日後には生まれ育った地を離れ、いきたくなくても万歳三唱で送り出された。
親は、祖父母は、仮に泣きたくても泣くことはできなかった。
名誉だから。
泣いて惜しむことは非国民のすることだから。
特攻は、帝国海軍が、いかにひとの命を使い捨てにしてきたかの集大成。
豊富な物量にささえられてつちからわれた技術力も、武器も、全て、ひとありきだと知っていた欧米列強は、パイロットにパラシュートを使わせたし、自爆なんてさせなかった。
最新の工業技術を駆使して、兵隊が乗るあらゆる乗り物に対して、いのちを守る措置を施した。
ひとを育てるってことの意味をいかに理解していたかってこと。
この世にうまれてまだ20年もたたない若者たちがみんな、本心から、国のために勇ましく旅だったと思うか。
生きるか死ぬかの攻撃部隊ではない。
確実に死ぬのみの攻撃。
自分の命が明日の今頃にはないんだと知りながら、
『最後の夜』を過ごし、
死にたくない、怖い、お母さん、と思いながら、
好きな人や、妻や、子を思いながら、
敵艦隊なんて目にすることもなく、
なにもできずに死んでいく。
なんのために生まれてきた?
これが、あの、太平洋戦争末期の特攻。
作戦でもなんでもない。
ひとのいのちをなんとも思わずに使い捨てていたそんな国の歴史をなんにも感じさせない映画。
うつくしすぎるんだよなあ。
まあ、いいのか。