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NLP Left Field 酒井利浩

本当は自分には力や情熱があるのに、
上司や部下の人間関係や
今のままの仕事で良いのか悩んでいる人たちへの
励ましのメッセージをお送りします!

 

これまでアイデンティティのパートについて

いくつかお伝えしていきました。

 

 

私たちは

人を1人のユニークな存在として

認めらえるのではなく、

 

「◯◯な人」「この人は□□の人だから」など

ある種の社会的なカテゴリーに定義された

「ラベル」を貼ってしまうことがあります。


 

「ラベル」は、

 

・自分から他者に対して

・他者から自分に対して

・自分から自分自身に対して

 

貼られていきます。

 

 

そのことによって、

貼ったラベルに付随する

態度、価値、信念や能力を

限定してしまうことがあります。

 

 

 

具体的には、

実際にアメリカの研究では、

「女性は数学が苦手だ」という

ステレオタイプがあります。

 

そのことが染み込んだせいか、

試験前にそのことを確認すると

女性の方が男性より結果を出せなかったようです。

 

しかし、「性差」を確認せずに行った試験では、

あまり差がうまれませんでした。

 

 

このように

社会に埋め込まれている固定観念によって

 

自分でもその固定観念の通りに行動してしまったり

他者や周囲からそのようにみなされることで

知らず知らずに、ステレオタイプ通りに

振る舞ってしまうことがでてくるのです。

 

 

 

 

私たちの社会の中では

こうしたジェンダー以外にも

いろいろなステレオタイプがあります。

 

他にも、

人間関係や組織文化、社会通念などに

染み込んでいる評価や比較基準によって

どのように自己を形成していくかが変わってきます。

 

 

今の所属する環境と多少波があっても

一致していれば、より良く自己形成できたのでしょうし、

不一致感があれば、自己を再形成していく必要があります。

 

 

引き続きはこちらで。

 http://nlpfield.jp/post-3929/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、NHKの100分で名著で
フランツ・ファノンの「黒い皮膚 白い仮面」が
放映されていましたが、
ご覧になった方もいるかもしれませんね。

 

こちらの内容は、私にとっては
アイデンティティというパート

をとらえる上で、非常に考えさせられる内容でした。

 

 

内容をざっくりと抜粋すると

 

1)ファノンは黒人として生まれ、
  様々な差別を経験する中
  クレオール語という母語を否定し、
  植民地を支配していたフランス語という

  言葉を通して、
  思考や文化を吸収していきます。

 

  言葉や思考、そして文化は人格に

  大きく影響します。
 

  ファノンもまた「白人」としての
  アイデンティティを希求していきました。

 

 

2)しかし、

  実際に本国フランスで生活しているときに
  フランス人の子供からステレオタイプの
  「黒人は白人より劣っている」という

  認識をされ
  社会的な、ある種の信念構造に巻き取られてしまいます。

 

  それからというものの
  白人社会の中で生きる「疎外感」を持ちます。

 

 

3)疎外感から生まれる様々な感情から
  自らの「黒人」のルーツに
  自己の基盤を立ち上がらせます。

  

  ここで、ファノンは「黒人」であること
  を受容していきます。

 

 

4)しかし、ファノンは次第に
  「黒人」を意識するために
  「白人」を対立軸におくことに
   違和感を持ちはじめます。

 

 

私たちのアイデンティティというパートは

このように光と影を経験して、

そこを含んでこえていくというプロセスを進んでいきます。

 


 

私たちも人生を通り抜けてきた中で

社会や誰かに「認めてもらいたい」ためのパートをつくってきたり、


わかって欲しいと「自己主張の強い」パートをつくってきたり、


誰にも見て欲しくない(自分も見たくない)

「いないこといされた」パートがいるかもしれません。

 

 


このパートを認識し

それを超えていく力を身につけることは

私もこれまで、

このブログに書いてきましたが

本当に役立ちました。

 

自分の認識が

この世界を体験する土台になります。

 

 


社会で生きていくために

繋がれる自己を求め、迷ったときに、

どのようにファノンのように受け入れ、超えていくのか、

 


これは言葉を変えると

パートをどのように発達させ、

あたらしく自分の中でシステムとして

迎え入れ、統合していくのか?


ということになります。

 

 

NLPを学ぶときの

とてもエキサイティングなところでもあります。

 

 

(こちらではパートの発達段階について書いています。

 途中まではこちらのブログ内容と同じになっています。)

 

 

 

 

日曜日の午後、まだ風がひんやりとしていますが

温かな日差しを身体に感じると

これからも良い時間を過ごそう、という気持ちに変わります。

 

先週、三河でのNLPAのコースが終了しました。

 

このコロナ禍はある意味、社会の動きが少しスローダウンし

自分のこれからの未来をどう過ごすかを内省し

創造的な時間をもつことはとてもよい選択のように思えます。

 

そして、その時間を過ごす場として

このコースで約5ヶ月間ご一緒させてもらったことに

とても感謝しています。

 

 

 

 

こうして環境との交流、人との交流、

もしくは、自分が投影した目的によって

私たちの意識が立ち上がっていきます。

 

 

あなたが意識を向けたものに

あなたも意識を向けられています。

 

 

例えば、あなたが、

誰か幸せな人を見たとき、

その幸せがあなたを見つめます。

 

そこから

自分の中にある幸せに気づく人と

その幸せと比較した自分の影に

意識を向けてしまう人がいます。

 

 

この相互の交流の中で

あなたの中でエネルギーの増幅(プラスもしくはマイナス)

が生じます。

 

そして、そのエネルギーを

自己の内部と周囲との関係に

見えない香りのように反射します。

 

 

それでは、

私たちがこのエネルギーを増幅させる

機能はどのようなものでしょうか?

 

 

これ以降はこちらから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NLPを学び始めた頃、

「パート」という概念に出合ったときは、

とても救われた想いがしました。

 

私は27歳ごろから難病を患いましたが、

「難病になった自分」=「仕事の展望もなくなり、恋愛もできない自分」

という自己認識になりました。

 

 

自己認識は、言葉通り、

自分が自分をどう認識するか?です。

「あなたは誰ですか?」の答えになります。

 

それから数年は、希望のない状態、

言い変えると絶望感と孤独感に満たされていました。

 

 

その後、NLPを学び、

先ほどのパートという概念に出合ったのです。

 

パートとは全体(ホールネス)の一部という意味です。

例えるなら、

ジグソーパズルのピースにあたるものが、パートです。

 

 

 

 

つまり、

「難病になった自分」=あなたの全て

 

ではなく、

 

「難病になった自分」=あなたの一部(パート)

 

である、ということです。

 

 

「あなたは、パート以上の存在です。」

 

 

という言葉が希望の光となって

身体深くに届き、

絶望の底から這い上がらせてくれました。

 

 

Peter HによるPixabayからの画像 )

 

 

私たちは、自己認識を自動的に作り上げます。

 

私を定義するシステムが

先ほどの「私は◯◯です。」という言葉のラベルや

習慣、セルフイメージなどを複雑に絡めています。

 

そして、それに役者のように同一化しています。

同一化のことをアイデンティティとよびます。

 

 

 

先ほどの、

「あなたは誰ですか?」の「誰」の答えでは

ほとんどは「パート」を答えています。

 

 

今の居場所のつながりや環境を前提に、

 

・過去の記憶であなたの行動や感情に

 影響を及ぼしたとあなたが認めた人

・理想の未来における想像上の観客

 

の価値や信念を合成した、自らの像(システム)をパートにします。

 

 

そして、役者(パート)として、

職場などの日々の舞台で、

様々な期待や要求に応えるべく振る舞い、

 

賞賛の拍手を受けることもあれば、

 

自分がうまく演じられなかったときには

周りから失望されたり、

厳しい批評や批判にさらされることもあります。

 

 

 

しかし、

役者(パート)があなたの本質ではありません。

 

もしかすると、あなたの本質が表現を始めるとき

この役者(パート)の部分が、

その表現を邪魔することもでてきます。

 

 

 

NLPでは、

パート(過去のパターン)を超えたスペースに

意識を向けて、

これまでの自己認識(パート)を一度手放します。

 

 

そして、パートを超えた世界で出会える

存在という感覚を体験し

 

その場所でアップデートした

クオリティの高いパートで

日常に戻っていく。

 

 

それは、

リンクしたブログの「生きた時間」をどう生きるのか?

ということにも役立っていきます。

 

 

こちらは、

「自己認識」をSCOREモデルを通して

解説しています。

 

 

 

 

 

 

 

ここ数年、「幸せ」という概念が

私の周りで新しい意味を持ち始めてきました。

 

以前は、「幸せ」といえば、Happyが連想されました。

このHappyは、happen(起こる)と語源が同じもので何かを体験することで得られる短期的な意味合いがあります。(他にも定義がありますが、今回はこちらをご紹介します。)

 

例えば、

「こんなに美味しい食事ができて、幸せ!!」

とか

「今日、会社がないなんて、なんて幸せなんでしょう〜」

という感じです。

 

 

先日、人と集まる場で、

Well-Beingという言葉をご存知ですか?

と問われたときに

意外に皆さん、ご存知なくて

「まだまだ知られていないのかな」と驚きました。

 

私も言葉だけは数十年前に聞いており

ここ数年は、SDG’sの影響もあり

いろいろと理解が深まってきています。

 

こちらは、さきほどのHappyと比較すると

長期間(持続的な)の幸せの意味合いがあります。

 

例えば、

・健康。病気であっても人生の質(QOL)を高く過ごせること

・人間関係。波はあってもつながりを感じたり、感謝できること

・自分自身との関係。環境の変化があっても、私は大丈夫とありのままの自分に安心感や信頼感が持てること

・キャリア。経済面を含め、好きなことや貢献できることなど天職につくことや社会的な居場所があること

 

など、欠乏感や痛みからよりは、

喜びや生きがいに生きることだったり

 

思いがけないことがあっても、

早く立ち直れることなどの大切さを重視しています。

 

 

このコロナ禍で何か、意識していることはありますか?

 

 

 

 

また、違う角度から光をあてると、

Well-Being/Well-Doing/Well-Having

を区別する考え方もあり、こちらも理解がしやすくなります。

 

大まかにいうと

 

Well-Having:いかにより良い物を手に入れるか、所属するか。

Well-Doing:いかにより良い仕事や活動をするか。

Well-Being:どんな状態でもOK。

 

というもので、

 

上の2つが幸せの基準になると

 

Well-Havingでは、いい物をもっていなければ幸せでない。

 例)車、ブランド品、家、役職、会社名など

Well-Doingでは、いい仕事をしていなければ幸せでない。

 例)売上、評価、いいねの数、能力(できない私はダメ)など

 

こうしたものは、条件づけられた幸せになりやすく、まだ使えるのに取り替えたり、これが出来たら次はより高度なことを求め始めていく傾向もあります。

 

あなたの生き方の焦点はどこにあたっていますか?

 

(もちろん、職場に入ったばかりや

 新しい家庭を築いたばかりなど、

 立ち上げの時期は、Well-DoingやWell-Havingに注力する必要があります。)

 

 

 

昨今は、時代や環境も変わり、

こうした側面に幸せを求めることに消耗してきている方も多く

ありのままの自分を大切にしよう、という

Well-Beingに注意を向けるようになってきています。

 

 

しかし、本当に大切なことは

Well-Beingに幸せの基準を置いて

Well-Doing、Well-Havingに調和をもたらすことです。

 

NLPは方法論ではありますが、

この基準と調和の間を行ったり来たりすることに

大変役に立つスキルです。

 

 

 

今回は、前回に続く内容で

NLPを活用してWell-Doingを高めるスキルをご紹介しています。

 

 

 

 

次は、Well-Being的な内容をご紹介しようと思っています。