私には忘れられない人がいる。
別れてまだ一年もたってないからあたり前かもしれないけど
この恋はそういうのじゃなくて
簡単に片付けられる気持ちではない気がしている。
一生で一番大切な人なのではないかと感じる。
その彼と出会う前にも、
すごく好きな人がいた、でも失恋をした。
“この人以上に好きになれる人はいないだろうから
私は二番目に好きな人と結婚するんだろうな”
って思ってた四年前。
あの頃は若かった。
誰もが通る道だろう。
もう恋なんてできない、って思っていても
実際できるんだ。
わかってる。
じゃあ今のこの気持ちは?
また四年後には
あの頃は若かった。って言って
彼以上に好きな人がいる?
多分それはない。
未来は決まってないから
100%言い切る事なんて不可能だけど
彼は永遠に1番な気がする。
今はただ、直感しか頼れないけど
そんな気がする。
きっと私と同じように思ってる人って
世の中にたくさんいると思う。
忘れられない人がいる人。
誰と付き合っても1番好きにはならない、そんな人は多いと思う。
数年後、それでも結婚した人だっていると思う。
私はそうはなりたくないから
いろいろと考えてみた。
どうしたら一番大切なあの人に想いが届くのか。
考えた結果【努力】に尽きると思った。
結婚している人でもこう言う人がたまにいる。
「忘れられない人がいる。結婚しても、彼を想う。」
なぜ、最も好きなのに結婚できないのだろう。
例えばその人がもう亡くなっていたとしたら、
その想いに行き場は無い。
本当に最も苦しい世界だろうと想像する。
だけどもしも彼が生きているならば、
なぜその人の事を諦めてしまったのだろう。
なぜ結婚できないのだろう。
何度も告白したのにふられた?
ふられたくらいでそんな簡単に諦められるなら、
最愛の人とは言わないで欲しい。
ふられた原因をちゃんと考えた?
なぜ自分がふられたのか、理解して直す努力をしないと
その恋をつかめるはずなんてない。
それか、なんでふられたか考えてみたら、
ただ自分と合わないだけかもしれない。
それなら、別の人を好きになった方がいいと気が付くべき。
自分の恋愛観と彼の恋愛観をちゃんと理解すべき。
相手が結婚してしまった?
確かにかなりハードルは上がってしまうけど、
それで諦めるくらいなら本当にそれまでだと思う。
何が言いたいかというと。
最愛の人と結婚できなかったのは、全て自己責任だと言う事。
「最愛の人」は、「夢」と同じ場所に位置するのではないかと思う。
きっとみんな、夢を持っている。または持っていた事があるはず。
例えば歌手になるのが夢だったとする。
本当は歌手になりたかったのに、と嘆いている人は
なぜ自分が歌手になりたいのか考えるべきだ。
自分にはそんな才能があるのか?
歌手になるために努力をしたのか?
実際、歌手になってる人はいるんだから、
自分にだって可能性はある。
それを生かすも殺すも自分次第だと思う。
もちろん、生まれながらの才能も大事だから
それも見極めるべきだ。
ただ、歌手になりたいと少しでも思う人は
既に可能性がゼロではない証拠なんだと思う。
だから努力が足りなかっただけ。自己責任。
それか、ちゃんと自分を知ってみたら
夢は歌手じゃないかもしれない。
そしたら別の夢を追うべきだと思う。
これを最愛の人と重ねて見る。
忘れられない人がいて、本当はその人と結婚したいのに。
と、嘆いている人は
なぜ自分がそんなに彼を好きなのか考えるべきだ。
自分は彼にとってふさわしいのか?
彼に好かれるようないい女でいる努力をしているのか?
(いい男に釣り合うのは、それ相応のいい女である。)
自分を好きになってくれない彼だとしても、
そんな彼が好きになる女はいるんだ。
その違いが何なのかしっかりと見極めるべきだ。
そしてもしかすると自分には合わない人だと
知る事になるかもしれないのだから、
忘れられないと嘆いてばかりでは
夢は夢に過ぎない。
私は、忘れられない人がいると思いながら
他の人と結婚するなんてできない。
したくない。
人生において
妥協なんて絶対出来ない。
私ができる最大限の努力をしていい女になる。
それでも無理だったら諦める。
だけど、私の中で努力に限度は無いから
自分が思ういい女になるまでは努力をし続ける。
勘違いしないで欲しいのは、
彼のためにいい女になる。わけではないという事。
あくまでも全て自分のため。
自分が思ういい女になった時に、
彼に好かれなくてはいけない。
彼の為にいい女になったってそれは
偽りでしかない。
でも、彼に見合ういい女になりたいと思って
努力する事はいいきっかけになると思う。
それが自然といつか自分の道になり、
違う人を好きになるかもしれないし、
もしかしたらその彼が振り向くかもしれない。
手順としては、こうだ。
まず、目の前にある現実を見据える。
次に、とりあえず努力する。
それだけ。
大切なのは、一番を決めつけることじゃない。
本当の一番を見つける事。
歌手が本当の夢なら努力すべき。
歌手よりいい夢が見つかったなら、それを追うべき。
最愛の人が本当にその人だと思うなら、いい女でいる努力をすべき。
その人よりいい人が見つかったなら、その人と生きるべき。
忘れられない人がいる。なんて嘆いているだけなのは
そんな自分に酔いしれているに過ぎない。
努力が嫌で人生妥協したんだから、文句は言わないで
幸せを実感した方が自分のためだと思う。
私には、忘れられない人がいる。
最愛の人が本当にその人だと思うから、
彼が愛してやまないくらいいい女になる努力をする。
実際、去年より今
素敵になっていると確信している。
それは過信でも奢りでもなく
小さな努力をした自分への見返り “自信”だ。
別れてまだ一年もたってないからあたり前かもしれないけど
この恋はそういうのじゃなくて
簡単に片付けられる気持ちではない気がしている。
一生で一番大切な人なのではないかと感じる。
その彼と出会う前にも、
すごく好きな人がいた、でも失恋をした。
“この人以上に好きになれる人はいないだろうから
私は二番目に好きな人と結婚するんだろうな”
って思ってた四年前。
あの頃は若かった。
誰もが通る道だろう。
もう恋なんてできない、って思っていても
実際できるんだ。
わかってる。
じゃあ今のこの気持ちは?
また四年後には
あの頃は若かった。って言って
彼以上に好きな人がいる?
多分それはない。
未来は決まってないから
100%言い切る事なんて不可能だけど
彼は永遠に1番な気がする。
今はただ、直感しか頼れないけど
そんな気がする。
きっと私と同じように思ってる人って
世の中にたくさんいると思う。
忘れられない人がいる人。
誰と付き合っても1番好きにはならない、そんな人は多いと思う。
数年後、それでも結婚した人だっていると思う。
私はそうはなりたくないから
いろいろと考えてみた。
どうしたら一番大切なあの人に想いが届くのか。
考えた結果【努力】に尽きると思った。
結婚している人でもこう言う人がたまにいる。
「忘れられない人がいる。結婚しても、彼を想う。」
なぜ、最も好きなのに結婚できないのだろう。
例えばその人がもう亡くなっていたとしたら、
その想いに行き場は無い。
本当に最も苦しい世界だろうと想像する。
だけどもしも彼が生きているならば、
なぜその人の事を諦めてしまったのだろう。
なぜ結婚できないのだろう。
何度も告白したのにふられた?
ふられたくらいでそんな簡単に諦められるなら、
最愛の人とは言わないで欲しい。
ふられた原因をちゃんと考えた?
なぜ自分がふられたのか、理解して直す努力をしないと
その恋をつかめるはずなんてない。
それか、なんでふられたか考えてみたら、
ただ自分と合わないだけかもしれない。
それなら、別の人を好きになった方がいいと気が付くべき。
自分の恋愛観と彼の恋愛観をちゃんと理解すべき。
相手が結婚してしまった?
確かにかなりハードルは上がってしまうけど、
それで諦めるくらいなら本当にそれまでだと思う。
何が言いたいかというと。
最愛の人と結婚できなかったのは、全て自己責任だと言う事。
「最愛の人」は、「夢」と同じ場所に位置するのではないかと思う。
きっとみんな、夢を持っている。または持っていた事があるはず。
例えば歌手になるのが夢だったとする。
本当は歌手になりたかったのに、と嘆いている人は
なぜ自分が歌手になりたいのか考えるべきだ。
自分にはそんな才能があるのか?
歌手になるために努力をしたのか?
実際、歌手になってる人はいるんだから、
自分にだって可能性はある。
それを生かすも殺すも自分次第だと思う。
もちろん、生まれながらの才能も大事だから
それも見極めるべきだ。
ただ、歌手になりたいと少しでも思う人は
既に可能性がゼロではない証拠なんだと思う。
だから努力が足りなかっただけ。自己責任。
それか、ちゃんと自分を知ってみたら
夢は歌手じゃないかもしれない。
そしたら別の夢を追うべきだと思う。
これを最愛の人と重ねて見る。
忘れられない人がいて、本当はその人と結婚したいのに。
と、嘆いている人は
なぜ自分がそんなに彼を好きなのか考えるべきだ。
自分は彼にとってふさわしいのか?
彼に好かれるようないい女でいる努力をしているのか?
(いい男に釣り合うのは、それ相応のいい女である。)
自分を好きになってくれない彼だとしても、
そんな彼が好きになる女はいるんだ。
その違いが何なのかしっかりと見極めるべきだ。
そしてもしかすると自分には合わない人だと
知る事になるかもしれないのだから、
忘れられないと嘆いてばかりでは
夢は夢に過ぎない。
私は、忘れられない人がいると思いながら
他の人と結婚するなんてできない。
したくない。
人生において
妥協なんて絶対出来ない。
私ができる最大限の努力をしていい女になる。
それでも無理だったら諦める。
だけど、私の中で努力に限度は無いから
自分が思ういい女になるまでは努力をし続ける。
勘違いしないで欲しいのは、
彼のためにいい女になる。わけではないという事。
あくまでも全て自分のため。
自分が思ういい女になった時に、
彼に好かれなくてはいけない。
彼の為にいい女になったってそれは
偽りでしかない。
でも、彼に見合ういい女になりたいと思って
努力する事はいいきっかけになると思う。
それが自然といつか自分の道になり、
違う人を好きになるかもしれないし、
もしかしたらその彼が振り向くかもしれない。
手順としては、こうだ。
まず、目の前にある現実を見据える。
次に、とりあえず努力する。
それだけ。
大切なのは、一番を決めつけることじゃない。
本当の一番を見つける事。
歌手が本当の夢なら努力すべき。
歌手よりいい夢が見つかったなら、それを追うべき。
最愛の人が本当にその人だと思うなら、いい女でいる努力をすべき。
その人よりいい人が見つかったなら、その人と生きるべき。
忘れられない人がいる。なんて嘆いているだけなのは
そんな自分に酔いしれているに過ぎない。
努力が嫌で人生妥協したんだから、文句は言わないで
幸せを実感した方が自分のためだと思う。
私には、忘れられない人がいる。
最愛の人が本当にその人だと思うから、
彼が愛してやまないくらいいい女になる努力をする。
実際、去年より今
素敵になっていると確信している。
それは過信でも奢りでもなく
小さな努力をした自分への見返り “自信”だ。